「来てくれたんだ。嬉しいな」
 花束に半分うもれた卓也が、にっこり微笑んだ。
「か、かわいいよぅ~」
 敵なしの悩殺笑顔を目の当たりにして、さっきまで泣いていたカラスはどこへ行ったのか、紫乃は薔薇色に頬を染めている。
 これだから、恋する乙女という奴は・・・
「たった二人だけどな」
「十分。僕にはもったいないくらいだよ」
(卓也先輩の笑顔、わたしにはもったいないです~)
 彼の笑顔の前では、太陽のようなひまわりも、凛と咲き誇る白百合の花も霞んでしまう。
「立ち話もなんだから入って」
 病室とはいえども卓也の部屋には違いない。不安を感じて総司が隣を一瞥すると、一人で勝手に盛り上がっている少女がやっぱりいた。
 頭が痛い・・・

「あ、でも・・・」
 不意に卓也が立ち止まった。
 どうしたのだろう?と、いぶかしげに見やった総司の目と、不安を隠しきれない彼の目が合った。

「・・・総司達じゃないんだよね。この花束・・・」
 腕の中の花束に落ちた黒曜石の瞳に長いまつ毛がかかる。

「どういう意味だ?」
 問いかけた総司に小さく卓也はうなずいた。
「誰が置いていったのか分からないんだ」

 ノックが聞こえて返事をしたが、いつになってもドアが開く気配がなかったので、不思議に思った卓也がドアを開けると、既に人の気配はなく、花束だけがあったのだという。
 花束の贈り主はクラスメイトではないだろう。
 卓也の入院を校内で知っているのは総司だけだからだ。
 ・・・もっとも紫乃のような人物がいたことは予想外であったが。