紅茶とマドレーヌを盆の上に載せカウンターに運ぶと、縁は一冊の本のページを捲っていた。
『夜光虫』。
先日発売された、分島晶午の最新作。
縁が来るまで私が読んでいたものだ。
「お茶が入ったよ」
「あ、うん……ありがとう」
何処かぎこちない様子の縁は、本を閉じるとカウンターの端に置いた。
不思議に思いながらも、私は二客のティーカップとマドレーヌの載った皿をカウンターに並べる。
私が椅子に掛けるのを待って、縁はティーカップに手を伸ばした。それを口元へ運ぶと、ゆっくり睫毛を伏せた。すうと香りを鼻腔に含み、口を付ける。細く白い喉が小さく動く。そしてひと言、
「美味しい」
と云った。
私もカップに手を伸ばし紅茶を口に含んだ。ふわりと芳醇な香りが鼻に抜ける。そして口内に広がる、微かな渋味。その奥から、仄かに甘味が追い掛けてくる。
縁に目をやると、マドレーヌを小さな口で食んでいた。ひと口齧ってはもぐもぐと咀嚼し、飲み込む。それを繰り返している。小動物のようだ。
不意に、目が合った。
マドレーヌに齧り付いたまま、縁はぱちぱちと睫毛を上下させた。思わず失笑すると、柔らかそうな頬がみるみる紅くなった。



