ときめきに死す


「一体どうしたんだい。君らしくないじゃないか」

 そう云ってから私は、縁のことをなにも知らないのに気が付いた。何処に住んでいるのかも、素性もなにも知らない。聞いたことがなかった。本当の歳すら、私は知らないのだ。もしかしたら、百合坂縁という名前すら本物ではないのかもしれない。

 少女は頬を膨らませたまま、私を注視している。恨めしげなのに顔が可愛らしいものだから何処か面白くて、つい失笑した。すると縁はますます頬を膨らませる。

「笑うなんて、酷いわ!」
「ごめんごめん、つい」

 苦く笑いながら宥めると、縁は形のいい眉をハの字に下げて、

「わたし、真面目に聞いてるのに……酷い」

 大きな瞳にみるみる薄膜が張っていく。
 狼狽した。
 いい歳をした大人が、いたいけな少女を泣かせる。
 なんて場面だ。眩暈がする。

「ご、ごめん。笑うつもりはなかったんだ。本当にすまない」

 縁は泣き出す寸前の顔で私を見上げた。
 潤んだ瞳が私を責める。
 私は仕方なく、目の前の少女と気鋭の新人作家を俎上に載せることにした。