凪とスウェル

「数年前もそうだったけど、今回も長谷川君が居てくれて本当に良かった。

千春もいないし、私一人じゃどうなっていたかわからないわ。

本当にありがとう」


そう言って奥さんが俺に頭を下げる。


「いえ、そんな…」


俺は首を横に振った。


カフェコーナーには俺と奥さん以外誰もいなくて、とても静かだった。


「長谷川君との出会いは、確かに良いとは言えないものだったけれど。

でも、こうしてめぐり合えたのも、何かのご縁かもしれないわね」


奥さんの言葉に、俺の頬がピクリと動いた。


「パン職人ってね、朝も早いし、結構きついでしょう?

辞めていく子も多いのよ。

でも長谷川君は一度も休んだことはないし、根性があるなって本当に感心してるのよ。

だから主人も、あなたになら店を継がせてもいいって、そう言っているんだと思うわ」


ズキズキと胸が痛い。


本当は千春さんと別れているのに、どう伝えたらいいんだろう…。


「主人しかいなかったら、1月は店を閉めないといけないところだったけど、長谷川君がいてくれるから、通常通りお店を開けられるわね」


奥さんの笑顔があまりに優しくて。


俺は何も言葉にすることが出来なかった。