凪とスウェル

店を出ると、私は長谷川君のアパートがある方向へと足を踏み出した。


だけど、すぐに足を止めた。


なぜなら…。


長谷川君の自転車が置かれたままだったからだ。


どうしてなんだろう?


アパートに帰ったんじゃなかったの?


じゃあ一体どこに…?


確か、用事があるって言ってたんだよね?


あ…、だとしたら。


駅に向かったのかもしれない。


私はくるりと向きを変え、駅への道を走り始めた。


ハードルは跳べなくなったけれど。


それでも私の走りは同級生の友人達よりは速い。


あっと言う間に駅に到着してしまった。


ここに長谷川君が来ている保証はないけれど、ICカードをタッチして駅の改札を抜けた。


その直後、視界に入った男性にあっと声を上げてしまった。


向かいのホームに立って電車を待っているのは、間違いなく長谷川君だった。


やっぱり…。


やっぱり駅に来ていたんだ。


私は慌ててエスカレーターに乗り、向かいのホームへと走った。


ホームに降りたちょうどその時、電車が到着したので、私は長谷川君の乗った車両に別のドアから乗り込んだ。


とりあえず間に合って、ホッと胸を撫で下ろす。


こんなスパイみたいなことをする必要あるのかなと、ふと我に返るけれど。


長谷川君があまりに深刻な顔をしていたから。


気軽に声をかけることなんて、出来そうになかった。