御劔 光の風3

「宜しく頼む。」

拒む理由はない、カルサの手が圭の手を取り二人は取引を成立させた。自然と二人に笑みがこぼれる。

「これでまた一つ、皇子に力が集まった。」

誰にも聞こえないくらい微かな声で呟いたのは千羅、その声は瑛琳にさえ届いていればよかった。瑛琳は頷き、そうね、とだけ短く答える。

瑛琳は静かに横たわるナルを何度も振り返った。偉大なる占い師はもう何も答えてはくれない。

「貴女は…本当はどこまで見えていたのですか?」

自分の命と引き替えに見た未来はどんなものだったのか。どこまで見えたのか、何も見えなかったのか、彼女は一切語らずに息を引き取った。その意味は苦しいくらいに分かるけど。

「今の私たちは標を失い方向さえも分からない。願いは一つなんです。」

ただ一つの願い、それは今彼女の目に映る青年の姿。彼の視線の先にはいつもカルサがいた。どうかこの直向きな想いが報われますように。胸の前で両手を組み、ただ一心に祈りを捧げた。

身震いするほどの深い闇がすぐそこまで迫ってきている。

カルサと圭が手を組み、皆が見守る中で人知れずナルの身体が淡く光を放ち始めた。やがてそれは光の泡となりゆっくりと姿を消していく。微かな光の泡は魂を追う様に空へと向かって上っていった。

高く高く大聖堂をぬけて城の中を巡っていく。

右へ左へ、そして上へ。

廊下には一人で歩いている老大臣がいた。相も変わらず眉間にしわを寄せて厳しい表情で足を進めていく。まだ城内には魔物に荒らされた傷跡が至る所に深く残っていた。それが目に入るたびに彼の顔つきは厳しくなっていく様を見つめて思う。

彼は何も変わっていないのだと。

「どうぞ。」

不意に耳に届いた声にナルは目を見開いた。

ハワードを目に焼き付けたままその声の主とその言葉の意味を理解して自分の感情を自由にさせる。あの頃に戻ってもいいのだと自分自身を解き放って動き出した。

会いたい。触れたい。

「ハワード。」

ふと誰かに呼ばれ老大臣の足が止まった。

それは彼の名前、今では殆どの者が親しみを込めずに呼ぶ名前、優しい響きを持つ音は耳に懐かしくその声だけで感傷にひたらせる。