そういえば、あまりの展開のせいですっかり頭から吹き飛んでいたけれど、あたしはあんなにも目に焼き付けることを切望していた絵を見損ねたのだった。
それを思い出したのは入院生活の終わり近くで、もちろん展覧会は終了済み。
だから、こうして海の中を優雅に泳ぐ人魚を描いた青い景色に気を取られてしまうことは、あくまで自然なことだった。
綺麗な絵、とあたしはうっとりその世界観に捕らわれる。
どこか展覧会の絵に似ていた気はしたけど、気のせいかな。感動するだけだし。
そして、あたしの背の倍近い巨大なキャンパスに描かれた絵の下には小さなプレートがあった。
『 2年A組 神 谷 龍 世 』
同じ学年の、神谷君。また神谷財閥の人なんだろうか。
(この名前どこかで見たんだけど・・・どこだったかな?)
『鈴様?』
沙希に呼ばれて我に返り、あたしはその絵に後ろ髪をひかれつつ離れた。
映画で見た宮殿の内部のような無駄過ぎるまでに広い校長室に通された後も、あたしの頭はあの絵でいっぱいだった。
想い出の絵や展覧会の絵のような、苦しくなるくらいの高揚感に包まれるわけじゃない。
けれど、あの絵が何かの予兆を示すかのようにあたしの頭から離れないんだ。
原因は、あの名前───神谷龍世。
どこで見たんだっけ。あと一歩で思い出せない。

