その顔は、決して綺麗ではなかった。
執着で歪んだ心を、そのまま表したような表情だった。
それでいてどこか泣きそうで、苦しそうなのが伝わってくる。
そんな彼女をどうしても完全に切り捨てることができないのは俺の甘さなんだろうか。
「ねぇ沙紀!」
「・・・」
「沙紀っ、沙紀・・・」
辛そうに俺の名を呼ぶが、俺はそれに応えられなかった。
いや、応えてはいけなかった。
俺が応えないということに気付くと、杏華は震えながら俺から一歩退く。
そして、「沙紀は変わってしまった」と両手で顔を覆い崩れ落ちる彼女を、
俺はただ見つめることしか出来なかった。
・・・彼女に、手を差しのばしてはいけないと知っていたから。
「・・・杏華の愛は、愛じゃない」
「違うわ、あたしはあなたを・・・っ」
「お前は見返りを求めてばかりだからだ」
必死に俺を見上げた顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。
少しだけ、心の隅に残っていた良心が痛んだ。

