「何を馬鹿なことを言っている! 山県様がお嬢様のことをどれくらい長く思っていたのか知らないのか? 10年だぞ。10年以上、お嬢様のことだけを思ってこられた方が、他の女に目をくれるとでも思っていたのか」


「そんなこと信じられない! だって、だって……」


「好きなように思っていればいいだろう。とにかく、詳しい話は警察でするんだな。間違いなく傷害罪は適応されるだろう。それ以上の罪にならないことを祈っておくんだな」



そう言い切った雅弥は慌ててやってきた学園の警備員に千影を突き出している。そのまま彼はゆっくりと亜紀のそばへと近寄っていく。

だが、今の彼女は惟の様子を心配する気持ちの方が強いのだろう。雅弥の姿も目に入っていない。なにしろ、だんだんと惟の体から力が抜けていくのが分かるからだ。

このままだと彼を失ってしまうのではないか。そんな恐怖から亜紀は必死になって彼のことを呼び続けるだけ。



「惟、惟。しっかりして。返事をして。ねえ、私のこと一人にしないんでしょう? 約束したじゃない。二度と私のこと一人にしないって。ねえ、約束、守ってよ。惟、約束したわよ!」



懸命に惟を呼ぶ亜紀の声に、彼が応える気配はない。ただ、彼女にもたれる体がぐったりとなっているだけ。そのことが亜紀には恐怖でしかない。だからこそ、彼女は悲鳴のような声を上げるだけ。

その声は下校途中の生徒たちの足を止めさせるには十分なもの。だが、彼女がそのことに気がついているはずもない。これが現実だと思いたくない亜紀は涙をポロポロ流しながら叫ぶだけ。