「兎は、ヒナタちゃんの係り。」
 と、万理央は言った。ヒナタはにこりと笑ってバスケットを抱えた。
 「本当に…」
 遥はとても不安そうだ。
 「大丈夫だよ。」万理央は遥に言って、それから「な、ヒナタちゃん、大丈夫だよ。絶対、大丈夫だから。俺がいるから。」とヒナタに向かって言った。
 ヒナタは気丈に頷く。本当は母親と一緒に居たいのだ。それでも、今自分に何が求められているのか賢しい子どもはちゃんと分っていて、それに応える為に力を振り絞って頷く。
 
 遥は仕事の引継ぎや引越しの手続きなどの細かい雑務を残していた。それらすべてを終えるまで、今までどおり母親と一緒にいて保育園に通うのが普通なのだろうと思ったけれど、万理央はあえてヒナタと自分の二人だけの時間を作ることで、きちんと向き合い信頼関係を築きたい、と遥に申し出た。その方が、遥も動きやすいはずだし、万が一万理央に何かあったとしても万理央の母親もいるのだと遥を説得する。二人の話し合いを聞いていたヒナタは、キュッと口を結んで「ヒナタ、コバヤシさんと行く。」と、言った。呆気に取られたのは二人の大人だったが、その時、ヒナタはじっと万理央を見つめて、目を逸らす事は無かった。
 「よし、行こう。小林さんと行こう」と万理央は力強く言った。言葉の最後が掠れた。こんな風に小さな子どものどこにこんな強さがあるのだろう。彼女の心細さを、万理央はよく分る気がした。真っ暗くなる公園。年老いていく祖母。預けられているのは、本当は自分なのではなく、この祖母が自分に預けられているのではないか、そんな風に思うことが何度あっただろう。きっと、同じだ。いま、ヒナタが越えていこうとしている坂をともに越えていく自分こそが試されているのだ。そして、あの頃の祖母もきっとそうだったのだと思う。

 「俺、頑張るから。ヒナタちゃん、俺、本当に頑張るから。」
 縋るように言う。ヒナタは万理央を見てやはりニコリと笑った。
 「大丈夫。ガンバロ、ね?」
 そんなヒナタを見て、遥はまた、口をへの字に曲げた。
 兎と、万理央。少女に荷は重過ぎないか?そう思うと、万理央は少し笑った。その顔をもしも万理央の母が見たら、「おばあちゃんにそっくり」とそう言ったかもしれなかった。