二.


海賊船の中は、歴とした軍艦だった。案内されたのは、隣り合わせである個室が二つ。
「こちらをお使いください」
案内役の軍人が、丁寧に会釈して去って行った。この船内で活動する者は、皆軍服を着用していた。
アルハとサラは、両方の部屋を交互に覗く。特に変わったところは見当たらない。まったく同じ造りの部屋だった。
「まあ、いろいろあったが、なかなか綺麗な部屋じゃねえか」
サラは左の、アルハは右の部屋を使うことにし、廊下で別れた。
簡単に荷物を崩し、置かれていたベットで軽く睡眠を取った。目が覚めたのは、アルハの部屋のドアが叩かれた音でだった。
「どうぞー」
入って来たのは、甲板で会ったあの厳つい顔つきの男だった。
「不便なことはねえか?」
「いーや。まったく。居心地いいぜ。俺よりサラの方を気遣ってやれよ」
「いや、まあ、そうなんだが…女性だし…その、な」
たちまち挙動不審になる男に、アルハはおかしくて笑い出した。自分など、あの混乱のどさくさに紛れて手を握ってしまっている。今更ながら、サラは不快に思ってはいないだろうかと思案した。
「ところであんた、名前は?俺はアルハ。アルハ・ナンだ」
「ゼルだ。ゼル・ダンダ。バレルの少将を務めている」
かなり高位の将軍だった。アルハはあまりそういったものを気にしないが、本来ならば口をきくこともないような身分の人間だ。
「で、ダンダ将軍。仕事は終わったのか?」
「ゼルでいい。終わったぜ。これからレガンに向けて立つところだ。まあ、動いても特に何も感じないだろうが、一応な」
どうやら、少将であるのに、身分は気にしないという珍しいタイプの人間らしかった。
「へえ。ありがと。で、レガンにはどのくらいで着くんだ?」
本来ならば、順調に航路を進んで二日後には着く予定だったが、軍の仕事で足止めを食っていた。ちらりと丸い窓から外を窺うと、もう日が沈みかけている。部屋がぼんやり明るいのは西陽のせいだった。少なくともあと二日はかかるということになる。だがゼルは、にやっと笑うとあっさりと言った。
「明日には着く。こいつが軍艦だってのを忘れんなよ」
綺麗に忘れていた。それならば、予定よりも早く着くことになる。
「そいつはありがたいな」
アルハは素直に喜んでいると、ゼルは次いでもう一つの用事をアルハに告げた。
「もう少ししたら夕飯だ。食堂に降りて来いよ。案内されたから、わかるだろ?」
確か、案内役の軍人が最初に案内してくれた場所だ。アルハは軽く頷いて見せた。そういえば、朝は食べたが昼は食べていない。十分にお腹は空いていた。
「ああ、わかる。じゃあ、サラも呼んでから行くよ」
「じゃあ、俺は先に行くぜ」
そう言うと、ゼルは部屋から出て行った。
よっと座っていたベットから立ち上がり、アルハは早速隣りのサラの部屋を訪ねた。
「サラ、いるか?」
すぐに柔らかい声でどうぞと返事があった。
アルハは遠慮なくドアを開けると、自分と同じ造りの部屋を見渡した。なんだが、雰囲気が違うような気がするが…
「どうしました?」
「ああ。ゼルが…甲板で会った奴な。もうすぐ夕飯だって呼びに来た」
見ると、テーブルには湯気の立つ紅茶が淹れられていた。淹れ手の姿を映すかのような、優しい匂いが辺りに立ち込める。
「紅茶、飲んでから行きませんか?」
ふわりと微笑むと、サラはアルハを手招きした。アルハも、折角のお誘いを断るような真似はしない。
「じゃ、遠慮なく」
アルハは、サラの座る反対側の椅子に座り、ティーカップから漂う匂いに顔を綻ばせる。一口飲むと、爽やかで上品な味が広がった。
「美味い」
サラも一口飲み、ほっと息をついた。
「ありがとうございます」
「紅茶なんて、どこにあったんだ?」
部屋の雰囲気が違うのは、漂う紅茶の匂いのせいだとわかったアルハは、先ほどからの疑問を口にした。部屋に紅茶など置いてあっただろうか。
「紅茶は持って来ていたんです。お湯はたまたまでしょうか、置いてありました」
「へえ」
やはり女性はそのようなものを持ち歩くのだろうか。部屋など特に見ずにさっさと寝てしまったアルハは、素直に感心した。
「ごちそうさま」
アルハが紅茶を飲み終わり、ほっと一息つくと、サラが微笑んでティーカップを片付けるために立ち上がった。
「お粗末様でした」
サラが片付けるのを手伝おうとしたアルハだったが、何をどうしたらよいのかわからず、結局すべてサラに任せっきりになってしまった。サラが片付け終わってから、アルハとサラは揃って食堂へと向かった。少し遅めのはずだが、食堂はまだ人でごった返していた。アルハとサラはトレイを取り、夕飯を盛りつけていく。サラは朝と同じように、スープと少しのパンした取らなかった。
「夕飯もそれだけか?やっぱ少ねえんじゃねえの?」
「いいえ。十分です」
二人で座れる席を探していると、背後から大きな声が聞こえた。
「お、アルハ。遅かったじゃねえか」
ゼルだった。アルハたちに気がつくと、席に招いた。アルハとサラは、ゼルの向かいの席に座った。
ゼルはサラの美貌に見惚れ、それから慌てたように咳払いをした。
「と、サラさん…だっけか?」
「はい」
ゼルも、サラの食事の量に驚いたようだ。トレイを見て、目を丸くしている。
「少なくねえか?」
「俺と同じこと言うな」
もうばくばくと食べ始めているアルハが、ゼルに鋭いツッコミを入れた。
サラは笑った。
「十分です」
「そうかい?まあ、いいがよ」
ゼルは、それ以上はサラの食事に関しては言わず、軽い談笑をして終わった。結局、アルハとサラが乗っていた船に、どういった理由で軍が関わったのか、詳しいことは機密だとかで聞き出すことはできなかった。
夕飯を終えたアルハとサラは、まだ仕事があると言ったゼルを別れ、部屋に戻って来た。
「んじゃ、ちっと早えけど寝るか」
「ええ」
廊下でサラとは別れ、アルハは部屋のベットに寝転がる。朝から昼と思いっきり寝たのでそれほど眠くはないが、休んでおいて損はないだろう。アルハは瞼を閉じ、しばらくしてやって来た心地よい睡魔に身を委ねた。