「どう歌ったら光の雨を降らせられるんだ?」

 中野駅に向かう途中、大きな病院を超え、崩れかけたパチンコ屋の隅を通り抜け、駅が見えてきた辺りで、先程見た光の粒についてそれとなく聞いてみた。

「ウタ? ……なに、それ」

 だがスノウは、まず歌の意味からしてよくわからないらしく、逆に、青い瞳に興味の色を映して聞いてきた。

「さっきのあれだ、お前が大穴に向かって手を合わせながら口走ってたやつだ」

 見た目は歌ってるようには見えなかったのだが、自分の耳には静かで優しいメロディーが届いていた。

 だが、スノウは相変わらず顔で分からないと告げている。

「ふぅ……まぁ、実際あんな魔法みたいなこと意識してできたら、日本なんかにはいないよな」

 ため息とともに、日本が崩れる前の日々が思い返される。

 真っ先に思い浮かんだことは原発問題の影響が長引いて中止になりかけた東京オリンピックだ。政治家たちの汚らしいコネのお蔭で、晴れて世界の有名選手たちが汚染された日本へ来ることが決まったが、日本内外からの批判は絶えなかった。

 それに続いて、十年以上前から続く老害被害、頭の悪い世代が中心を占める社会、終わらない年功序列、そして隣の国から流れてきた違法ドラッグ……

 はっきり言えば、日本は崩れる前から既に終わっていた。もしスノウの様な特別な才能に恵まれた人がいたならば、本人の意思に関係なく、どこか綺麗な国が引き取っていっただろう。それほどに日本は腐っていたのだ。

「ウタ、違う。私、祈ってた」

 そんな暗い思い出に浸っていた時、スノウの声が白い光の様に胸に届いた。

「苦しそうだったから、祈ってた」

 そして、スノウは俺の手を静かに取った。

「あなたは、苦しい?」

 今のスノウには、何か今までとは少し違う雰囲気がある。指先から伝わる確かな熱や、青い瞳に僅かに込められている覚悟の様な輝きから、スノウが記憶喪失であるという事を忘れてしまいそうになる。

 そして、この質問からは何かスノウに関する重要な手がかりが含まれていると、スノウの仕草が告げている。

「俺は……」

 苦しい。まともに眠れず、薬もない事がつらい。そして何よりも、灰色に染まった大地に取り残され、こんな有様になっても生きることを諦めない心が何よりも重く、苦しい。

 それを口に出して言おうとしたとき、足元を何かではねられ、前のめりに倒れた。

「きゃっ!」

 スノウも同じく倒れており、間一髪手が出た自分とは違い、灰色の雪の中に顔を埋めている。

 そして、周囲からは空き缶がいくつもぶつかり合っているのが見え、カラカラと音を立てている。……何かの罠だ!

「スノウ! 逃げっ」

 立ち上がろうとすると、片足には縄が巻き付いていて動けなかった。

「クソ!」

 必死に背負ってきたリュックを開き、ナイフと残り少ない弾薬が詰まった拳銃を取りだす。