______化け物を地割れで出来た穴に落とした翌朝、まだ太陽も登り始めたぐらいの時間に目が覚めた。別に悪夢とかではなく、別の問題でだ。

「酷い臭いだな」

 化け物が落ちた穴から、ねぐらとして使っているガレージまではすぐ近くだ。昨晩も少し匂っていたのだが、夜が明けて腐った生肉に腐った牛乳をぶっかけた様な悪臭となっていた。

「……」

 鼻を摘んで外に出る。スノウはまだ寝ていたので起こさない様にそっとだ。

「いいかお前ら、そっとだ……ぞ

 ……クソ……」

 昨日までは"そう"していたのだ。スノウが寝てる時は、猫に語りかけながら、そっと出て行っていたのだ。だから、無意識に"そう"振る舞ってしまった。当然、猫たちの鳴き声は永遠に帰ってこない。

「行くか」

 朝からどんよりと沈んだ心と、代わり映えの無い灰色の町。

 ため息を何度もつきつつ、車の中にしまってあった散策用品で身支度を整え、腰にベルトで作った拳銃用のホルスターを巻き、拳銃を入れる。

「残弾は残り少ないな。慎重にいこう」

 誰に言うでもなく、呟いて、灰色の町へ繰り出していった。

 目標は一つ。使えて軽い資材をありったけかき集める事である。そしてある程度の物資が整ったら、今日中にでもこの方南町を去るつもりだ。

「壊れた自販機か、まだ見てなかったな。……お! このコーラまだ飲めるぞ!」

 場所は元地下鉄駅出入口付近、ずいぶん前に妙な影を見て以来来ていなかったのだが

「まさか、こんなことになってるとはね」

 恐らく昨日の雷がここに落ちたのだろう。衝撃で出入り口を塞いでいたコンクリートは吹き飛び、近くに赤焦げたコンクリのなれの果てが散乱していた。

 そして、出入り口から地下鉄へと続く階段は、地獄への階段と言っても差し支えない程に血塗られていた。

 そこらじゅうに転がるボロボロにひしゃげた腕や足、踏みつぶされた眼球や上半身だけ潰れた死体etcとにかくひどい有様である。

「あの化け物はこっから這い出てきたのか」

 いったい地下で何が起こったのか、そんなこと知る由もないが、ただ一つ確かな事がある。

「また化け物が来るかもしれない、ということ」

 まだ飲める飲み物をありったけ袋に詰めて、ガレージへと急いで引きずっていった。

 道中、まだ使えるタオルだの手提げ袋だのも担いで持っていく始末であり、かなりくたびれた所に、スノウが跪いて歌っていたのだ。

光は次第に身体から離れていき、空へと登って行った。スノウが名残惜しそうに手を伸ばすが、急に顔をこわばらせてその手を引いた。

「捕まえなくていいのか?」

 顔をしかめたままのスノウに、特に感情も込めずに聞く。

「わかん、ない……ただ、捕まえるのは、だめ」

 いつにもまして喋りにくそうにしている事以外は、いつものスノウである。

「もうすぐここからどっか別の場所に移動するんだが」

 唐突に話題を切り出したためか、おどおどするスノウ。

「移動って、なんで?」

 当然の疑問が返ってきたわけだが、自分からするとこの悪臭だけでも立ち退きたい気分であるのに、こいつは何とも思ってないようだ。

「近くにあのデブな化け物の住処みたいな所があったからな。危険だし、これ以上の戦闘を避けるために、少々不本意ではあるが中野駅の方に行くことにした」

 話している途中、スノウはキョトンとしたままだった。一度に多く喋りすぎただろうか? ならば

「ここ、危ない。あっち、危なくない。だから行く」

 スノウに分かるように、身振り手振りを交えて伝えたら、ようやく理解したらしく、荷物の準備のためか、ガレージの方へ向かっていった。

「ふぅ……さて、こっちも支度にとりかかりますかね」

 そういって、ガレージの方へ落とした荷物を拾って、引きずりながら歩いて行った。

 ______ここから中野駅までは徒歩で三十分程であるが、荷物があるとなるとそんなに早く行けるはずはない。そして、マンションや病院が倒壊していたら、回り道しなければならないし、当然今までの様に引きずっていくわけにはいかない。

「長い間ご苦労さん」

 ここでの生活を支えてくれた何よりの道具である、"生地で出来た大きな袋"をたたみ、猫たちの墓の前に置いておく。一応、端っこを切り取って、拾った裁縫道具でお守りとして服に張り付けた。

「さて、準備はいいか?」

 猫の墓の前で手を合わせているスノウ。心なしか先程の光が見えた気がした後、猫達の鳴き声が聞こえた気がした。

「うん、いいよ」

 スノウがゆっくり立ち上がるのでその間に猫たちへのお礼もしておく。

(ありがとう、俺を1人にしないでくれて、本当にありがとう)

 涙は流れない。精神病のせいで悲しむときに悲しめないからだ。

 だが、精一杯の感謝は伝えたつもりだ。その証拠に、余ってた猫缶は全て墓の周りに並べてやった。

「じゃ、行くか」

「うん」

 意外にスノウが素直だったことが気になったが、とにもかくにも、俺たちの逃避行は始まった。