空を舞うミケが、地べたに叩きつけられるのと、化け物が猫たち目がけて突進していったのは、どちらが先だったろうか。

 俺はただ、ミケの最後を涙の一つも流せないままに向かえていた。

「にゃ……」

 ミケの身体から温もりが失われていく。俺のために、そのか弱い命を捧げてくれたのだ。

 腕がひしゃげ、腹がえぐられている。それでも、神は生きろと言うのか……ミケは、血の泡を吐きながらも、必死に俺の所へすり寄り、のどを鳴らし始めた。

「……今、楽にしてやる」

 頭を優しく撫でてやり、一回抱きしめると……首の骨をへし折り、生き地獄から解放してあげた。

「……」

 化け物に目を移すと、パン屋の前で二匹の黒猫を踏みつぶしていた。

「リロード……完了」

 弾数六発、残弾二十一発、化け物の立ち位置、先程の腕……

 頭が恐ろしいほど冷静に回っているのが分かった。そして、その頭はすぐに結論を出した。

 ______仇を取るための方法を。

「死ね」

 一発、肥え太った足の膝にぶち込む。

「死ね死ね」

 続けて五発、出来るだけ同じところ目がけて撃ちこむ。

 すると、化け物は片膝をついてしまう。……そうだろうよ、支える骨が無ければ、そうなるだろうよ。

「死ね死ね死ね!!」

 今度は場所を選ばずに、六発ぶち込む。


 すると、化け物は逃げるように後ろを振り返った。だが、片足を引きずっているので、バランスが悪い。

 ……そうだろうよ、動きずらい中、何発も撃たれちゃ逃げたくなるよな。でも横は崩れた瓦礫。だったら、後ろしかないよな。

 化け物が背を向けたまま、硬直しているのが見て取れた。

「そうだろうな、その先は地割れで店ごと地の底に沈んだパン屋だからな」

 ______動けないよな? 前に進みたくないよな? 奈落の底へ落ちていきたくないよな?

 その巨体が、一気にこちらを向いた。だがバランスが悪く、今にも倒れそうだ。

「そうだろうな、ここまで追い詰められたら、最後に俺だけでも殺そうと振り返るよな」

 こちらからも歩み寄る…もう片方の膝を撃ちながら。

 両ひざ合わせて12発の弾丸を食らった化け物は、奇跡的なバランスで立っていた。というより、立っている事しかできないのだ。

 すぐ後ろは奈落の底、尻餅もつけない。そして目の前には俺がいる。

「死ね______ゴミになれ!!」

 落ちていた鉄パイプを拾い上げ、思いっきり叩く。叩く。叩く……

 ------なんだろう? 頬の筋肉が引きつったように上がった気がした後、胸の奥から何かが湧いて出た気がした。







------化け物の断末魔が響く。そして、地面に叩きつけられ潰れる音と共に、この灰色の町に静寂が戻ってきた。 

「ねぇ」

 三匹の猫の墓を作っていた時、スノウがどこからかやってきた。

「猫さんはどこ?」

 その無垢な瞳に、心に、さっきまでの事を話すべきではないと、思った。

「猫たちは、なぁ…」

 でも、不思議と目頭が熱くなってきて、うまく話せない。

「……悲しい事があったの?」

 その質問に、静かに頷く。すると、スノウは俺を後ろから抱きしめてくれた。

「でも、今はないよ……」

 スノウの優しい声が聞こえてくる。

「ああ……悲しい事は、終わったさ……」

 そのあとは、一緒にお墓を作って、手を合わせた。




 ______灰色の雪降る瓦礫の町中で、共に過ごした家族の墓を作る。

 青年は己の中に生まれた二つの新たな感情には気が付かないまま、少女は何が起こったのかを、無意識に理解したまま。

 二人、手を合わせて寝ている。だが、もうじき目覚めの時が来る。

 物語はまだ、Happy Ever Afterを迎えない。

 世界はまだ、長く続いていく。