------「行った、よ」

 スノウの声が聞こえると、いったん手を休めて立ち上がる。

「化け物め…」

 遠くでうろうろしている奴を睨みながら呟く。

 ここは廃墟となったマンションの二階部分である。なんとか化け物をやり過ごし、今後の事を考えるための隠れ家として使っているのだ。

「酷く太った様に肥大した身体、剥げ落ちた皮膚、青白い目、脳が見える頭の傷……スノウと比べると、ずいぶんたまらなく本当の化け物が来やがったな」

 そのスノウはというと、あの化け物が現れたあたりからおかしいのである。何か頭痛でもするかのように、頭を押さえている。きっとこの悪臭のせいだろう。

 それほどまでに臭い。あの化け物から漂ってくる臭いは、腐敗した肉と体液が混ざり合っていて、とてもかげたものではないのだ。

「……頭、いたい」

 先程まで偵察してもらっていたのだが、どうやら頭痛が限界の様で、こちらにすり寄ってきた。

「こらこら、猫のマネなんかすんじゃない」

 だが、スノウは離れない。

「たくっ……」

 無視することにして、再び手元に目を向ける。

「拳銃が一丁と弾は入ってるのを含めて三十六発。何回か練習したから、おそらく近距離なら狙った所を撃ちぬけるはず……」

 ほかにも、リロードの仕方だったり、構え方だったりを試してみて、結果撃てるという段階までは来た。

「……行くか」

 もたれ掛ってきていたスノウを支えつつ、立ち上がる。

「行く? 」

 頭痛が収まったのか、スノウがいつもの表情で聞いてくる。

「……君は、ここにいてくれ」

 スノウの頭を撫でてやり、マンションの階段を下りる。

「どこいくの?」

「ちょっと、そこまでね」

 早足で動く。スノウを巻き込みたくないのだ。

「いいかい、ここでじっとしてるんだよ? 」 

 降りてこようとするスノウに向けて、諭すように言った。

 すると、分かってくれたのか、引っ込むスノウ。

「いい子だ……」

 これを最後にしないため、スノウとの安らかな日々を続けたいという、柄にもない願いのため、灰色の悪臭漂う街中に出て行った。