「詩織のご両親に新年の挨拶に行かなきゃならないな。」


そう言うと、詩織は首を横に振る。


それは元旦の昼過ぎ。

咲と琢磨が帰って一眠りして。

起きてきた俺が発した言葉に、詩織が苦笑いしながら答えた。


「話してなかったよね。

わたし、両親がいないの。…亡くなったから。
今はお婆ちゃんが北海道にいるだけよ。
ひとりっ子だったから兄弟もいないの。」


お雑煮を作りながら手を止めることなくそう言うと、詩織は複雑そうな顔をした。


「そんな女じゃ結婚は出来ない?」


…なんでだ?


「俺は詩織と結婚するんであって、お前の親兄弟と結婚するわけじゃないぞ?」

ぷっ、と吹き出して詩織は笑う。


「よかった。いつかお婆ちゃんに会いに行かなきゃね。わたし、会ったことないから…。」


…。


「お前の家族の話、したことなかったな。話せる?言いたくなければいいけど…」


そんな俺の問いかけに詩織は答える。


「よく知らないの。
両親が事故で亡くなったのはわたしが4歳の時だって。

なぜ親戚と交流がないのか、お爺ちゃんお婆ちゃんの存在がわからない理由も何も知らないの。


わたしは4歳で施設に入って18歳までいたわ。

短大を出て会社に就職して今に至るまでの4年間、あのマンションに住んでた。

あなたの知るわたしはそんな女よ。」


ふわりと笑ういつもの笑顔。


そんな過去などなかったかのような穏やかな性格の詩織。

たまに見せる意思の強さ、平等を好む彼女の性格。

それらは全て彼女の生い立ちからくるものだった。


「真っ直ぐなお前の芯の強いところが好きだよ。

親兄弟と結婚するわけじゃないけど、それら全てがなければ俺は今ここに居る詩織に出会う事はなかったんだよな。」


カウンター越しに向かい合う俺たちは数年前に出会い、恋をした。


「ごめんなさい、今まで隠してて。」


俯く詩織。


「そんなのはいいんだ、謝らなくて。詩織、親父とお袋に会ったんだろ?」


咲が連れて行ったって話してたからな。


「うん。なんか…お母様、咲さんにそっくりで、お父様、祐太朗さんにそっくりだった…」


…そりゃまぁ親子だからな。


「なんか娘って言ってもらえて嬉しかった。」


はにかむその表情で、うちの両親が嫌われていないのだとわかる。


「へんな親だろ。あんなのでよかったら、仲良くしてやってくれ。母さんは咲と性格も似てるから。」


「うん!今度3人でお買い物いきましょうねって言われてるの。」


嬉しそうにそう言う詩織は、
本当は寂しがり屋でひとりぼっちが苦手。

だから、俺が居ないことに慣れるまで精神のバランスを崩してしまったんだ…。



「後で新年のお詣りに行こうな。」

「はい!」



また離れ離れになる。

あと3日間しか時間がない。


そしたらまた、暫く会えなくなる。

だから、一緒にいる時は出来るだけくっついていたい。
喧嘩なんかせずに笑っていたい。


ふわりふわりと揺れる詩織の長い髪に触れ、柔らかな温もりを記憶する。


「たくさん、ぎゅってしてくださいね。」


それは本音。


「もちろん。」


去年の7月のあの日。

終わりのない二人の日々が始まった。


それはもう、極上の幸せ。


「詩織。」


今は抱きしめて離さずにいよう。