「ない。ていうか、あたし友達少ないからさ。仕事の愚痴なんてなかなか言えないし。祐太朗しか聞いてくれないもん。」

「詩織なら聞いてくれるだろ?」


彼女なら、きっと真剣に聞いて一緒に悩んでくれるだろう。


「なんかさ、詩織ちゃんには言えなかった。…祐太朗の彼女だからとかじゃなくてさぁ…なんかね。あたしに無い物たくさん持ってる子じゃん?
…なんかね。上手く言えないんだけど。」



…プライドの高さだけは誰よりもあるからな、咲は。


「じゃあ本人にぶつけりゃいいだろうが。」


そもそも、お前が上司を意識してるんだろ?
負けたくない、と同時に、尊敬する人に『認められたい』んだよ。



「そんなの…出来っこない。」


いつもの勢いはどこいった?
しおれてる咲は、やっぱり女なんだなぁと思う。


〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜


いきなりテーブルに置いてあった咲のスマホが鳴る。




「でないのか?」


尋ねると、泣きそうな顔をして首を横に振った。



「じゃあ、俺が出るか。」


スマホを取り上げると、ぎゃー!っと叫んでそれを奪い返そうとする。



「あ、切れた。なんだよ、山本さんからせっかく電話かかってきてるのに居留守かよ?ちゃんとしろよ、咲。」



奪い返したスマホを握りしめ、咲は首を振る。



「ムリ!祐太朗の馬鹿!」


…意地っ張りなたった一人の妹。
俺はお前に幸せになって欲しいんだよ。



「いい加減、ブラコンやめろよ。
お前だって分かってるんだろ?自分の気持ちに素直になれよ。」


なんとなく、咲がその上司を好きなんだろうなぁとは以前から思っていたけど。

こんなにも見せたことの無い態度や表情をしてるんだから、気持ちははっきりしてるはず。


「いつまでも、俺の後ろに隠れてないで自分の人生くらい自分の足でしっかり歩け。
隣に誰がいるかなんて、自分にしかわかんねぇんだからさ。」




…俺にとっての詩織がそうだったように。



「年内は戻れるかどうか微妙だったんだが、年末に帰ることにするよ。」



そう言うと表情を一変してニカッと笑う咲。


「じゃあ祐太朗のマンションで」
「お前はお前の問題を片付けてこい。俺は詩織の元に戻るだけだ。」



先回りして行く手を阻むと、うなだれてしまった。



「今度会わせろ、その上司。なんつったか、山…」


「山本…琢磨。」


フルネームは聞いてないんだがな。


「1度顔を見ておこう。インテリ坊やのな。」


ぽん、と肩に手を置くと立ち上がり、詩織に弁当のお礼を言うために電話をかけた。