夢はいつか醒める。



…そう誰かが言っていた。

自分も夢をみれば、いつか現実に押しやられ目が覚める様に夢が終わると信じていた。



でも。



醒めて欲しくない。


詩織との甘い時間。


彼女から与えられる喜び、悲しみ、喜怒哀楽全て。


腕の中で色付く彼女を見ているだけで、幸せな気持ちになれる。


嬌声をあげ、鳴く詩織を誰にも渡すものか、と思う。


これほどの幸せを感じたことが無かった。これが本当の愛なのだと詩織に教えられた。



「は?異動ですか?」


ある日、部長に呼ばれ会議室でのこと。

淡々と話す部長の口からそんな言葉が零れてきた。



「神山を支店の方に是非と言われたよ。
そちらに部長として行ってもらう。

何か問題があるなら今言ってくれ。」


昇進。


嬉しくないはずがない。


ただ…詩織はどう思うだろうか。


「考えさせてもらう時間はありますか?」


「1週間だ。よろしく頼むよ。」


肩をポンと叩かれ、部長は会議室を後にする。



どうしようか。



詩織だって働いてるんだ。
俺の都合に合わせるなんて無理がある。


支店だってかなり距離がある…遠恋なんて言うような距離じゃない。



…独り悩んでも仕方ない。


スマホを取り出し詩織にメッセージを送る。


【九州支店への転勤の話が出た。】


それだけ送ると自分のデスクに戻るため会議室を出た。



バタバタと足音がし、曲がり角を勢い良く曲がってきた誰かとぶつかった。



「わっ‼︎」
「きゃあっ‼︎」


反射的に倒れそうになる相手を庇うように抱きしめた。



ハッとして離れると、その相手は…


「詩織」
「祐太朗さんっ」


血相を変え息を切らしている。


「どうした?」

「嫌です、わたし、嫌、祐太朗さんと離れるなんて嫌‼︎」



取り乱した詩織は、社内だというのに抱きつくように胸に縋り付く。


「詩織」
「連れてってくださいっ、離れるなんて嫌…」



ポロポロと涙を零し。


周りの驚いた顔が、何よりも俺には居心地悪かった。


詩織とのことは知られても構わない。

ただ。


…恥ずかしいんだ。



「詩織、まだ行くと決めたわけじゃないんだ。それよりさ。みんな見てるぞ?」



胸に縋り付いた状態で半泣きの詩織は、周りの事など目に入っていなかったようで。



パッと離れ居住まいを正した。



「あ、あのっ、ごめんなさいっ!」



いや、いいんだ。隠してるのも潮時だと思ってたし。



「一週間猶予を貰った。昇進なんだけどな…異動が支店だし…お前と離れるなんて俺も考えられなかったから。」



そう伝えて背中をポンと叩く。


「ま、皆に知られてもいいだろ。」


そんなことより、昇進の話が頭の中で一歩も進まなかった。