新たな指輪が詩織の薬指にはまる。


そして俺の左手にも。


菊池と伊島は揉めながらもなんとか納得行くものを買ったようだ。



「伊島。」

「はい!」


今は本社で課長を務めるかつての部下に、俺は彼女を委ねる。

「すぐに本社に戻れるよう、根回しする。それまで詩織を頼む。」

「はい!」


そして菊池に向き直る。


「頼む。彼女を助けてくれ。ちゃんとケリは付ける。」


「じゃあ今度奢って貰わなきゃ。」


笑う菊池に頭を下げた。


「2人には迷惑かけてすまない。もうしばらくの間、詩織を頼む。」


そう言った俺に、伊島と菊池は優しい表情で笑った。




あっという間に時間は過ぎる。


詩織の側に居るだけで、何もいらない、必要ない、と思える。


昔は結婚なんて形に囚われたくなかったけれど、今は違う。詩織を自分だけのものにしてしまいたい。

結婚がそういった繋がりを表すもののひとつなんだと今なら言える。


唯の1枚の薄っぺらい紙切れが、赤の他人を繋げるのだ。


最後の日に近くの役所で貰って来た婚姻届に2人で記入する。


伊島と菊池にも署名してもらった。


「一緒に提出しに行きたいけど…出来るだけ早く受理してほしいから、詩織、役所に出して貰えるか?何かあれば咲に連絡してくれたらいい。」

「はい。…本当にわたしでいいんですか?」


届けを手にして詩織が俺に問いかける。


不安そうなその表情は俺の返事を待っていて。


それがなんだか可笑しくて、つい吹き出してしまった。


「詩織じゃなきゃ、結婚なんか考えなかったよ。お前だからいいんだ。お前だから…家族になりたいんだ。」


両手を握り、温もりと気持ちを伝え合って。


嬉しそうに笑顔になる詩織が可愛くて抱きしめた。

「祐太朗さん…大好き。」

腕の中で小さな声がする。
それはかつて俺に「応援してます」と言った声と同じもの。

頑張り屋で、優しくて。
料理が上手くて家庭的で。
でも、人の名前を覚えるのが苦手で。
うっかりミスやおっちょこちょいな所があって目が離せなくて。


ふんわり笑うその笑顔はとても綺麗で。


大きな瞳で俺を見つめては
「大好き」
なんて可愛い事を言う奴。



「詩織」

名前を呼ぶと「はい」と必ず照れ臭そうに返事をする。


「幸せになろうな。」


俺の言葉に涙を零す。


「幸せになりましょうね。」


返事は至ってシンプル。
そうだ。
2人で幸せになろう。