幸せになるために

「ああ、それは仕方ないわよ。比企君、当時は中学生くらいでしょ?その年頃の子達は自ら進んで新聞やニュースなんて見ないだろうし」


吾妻さんと同じような事を言ってから、佐藤さんはちょっとトーンダウンして言葉を続けた。


「親御さんだってわざわざ「こういう事件があって…」なんて教えたりはしないと思うわ。というか、なるべくなら我が子の耳には入れたくないというか…」


佐藤さんが濁した言葉の先を、促す必要はないしとてもそんな気分にはなれない。


「私の場合は息子がいて、しかも聖くんと年も近かったからね。同年代の子を持つお母さん達と公園なんかで会ったら必ずその話題になったし。自然と事件の流れを追う形になったのよ」

「…そうですか」


再びこちらに向けて差し出された本を受け取りつつ、オレはそう返答した。


「事件から数年後、この本が出た事を知ったのよね。元々、毎月新刊情報は小マメにチェックしていたから。それで、本屋さんで見かけた時に手に取って、中をチラッと覗いてみたんだけど…」


一旦言葉を切ってから、佐藤さんは続けた。


「すぐに閉じてしまったわ。そして買わずに店を出た。とてもじゃないけど、最後まで読み進む勇気が出なくて…」


それまで佐藤さんの目を見て話を聞いていたオレは、改めて本の表紙に視線を移した。

『最後の聖夜』というタイトルの下に、様々な飾りを付けた樅の木…いわゆるクリスマスツリーの写真がある。

しかし、聖なる夜を華やかに演出する、色鮮やかな装飾を目で楽しめるハズのクリスマスツリーの写真は白黒となっており、この上ない違和感と、そして何とも言えない物悲しさを見る者の心に沸き起こさせた。

オレはそのまま無言で本を所定の位置に戻す。


「あ…。借りないの?」

「はい」


頷きつつ、言葉を発した。


「たまにノンフィクションでも読んでみようかなと思って、適当に選んだだけなんです。でも、お話を聞いていたら、生半可な気持ちで読めるものではないと気付いたので」

「……そう」


すると佐藤さんはそこで思い切り眉尻を下げた。


「ごめんなさい。私、余計なこと言っちゃったわね」

「え?」

「人が借りようとしている本をチェックして、内容にまで言及しちゃって……。マナー違反だったと思うわ。本当に申し訳ない」