幸せになるために

オレの慌てぶりに、むしろ恐縮したように吾妻さんは解説した。


「ただ、おそらく日付を越えてから帰宅する事になると思うので、帰って来たら後は寝るだけ、という状態にしておきたいんですよ。なので、家の中の用事を済ませてから出かけようかと思いまして」

「うんうん、そうだよね。じゃ、今日の所はもうこれでお開きって事で」


言いながら、俺は素早く立ち上がった。

それよりワンテンポ遅れて起立した吾妻さんは聖くんに視線を向けて「じゃ、またね」と呟いた後、オレと共に玄関へと向かう。


「あ、吾妻さん。これ、ちゃんと持ち帰ってね」


靴を履き終えた彼に、下駄箱の上に置かれていたブツを右手で差し示した。


「あ、そうだった」


案の定すっかり忘れ去っていたようで、彼は慌ててそれを手に取る。

『吾妻理貴様』と印字されたシールが貼られている青い封書が、一番上に乗せられている郵便物の束。


「これを回収して来て、部屋に入ろうとした所で比企さんの絶叫が聞こえたもんで…」

「う…。つくづくお騒がせしてしまったようで、申し訳ない…」


苦笑いして状況を説明する吾妻さんに、オレは再びこっ恥ずかしさが込み上げて来た。


「いえ。それはもう良いですよ。何だかんだ言ったって、俺も一人で未知との遭遇を果たしたら、絶対にテンパると思うし」

「そうかな~?」


たとえ平常心が保てなくなったとしても、少なくとも吾妻さんなら『あんぎゃー』という単語をチョイスしたりはしないだろうと思う。


「じゃ、お邪魔しました。また後で」

「うん。気を付けて行ってらっしゃい」

「はい。失礼いたします」


吾妻さんがドアを閉めた所でオレはふーっと息を吐いた。

……とりあえず、今度こそ洗濯物を片付けないと。

そう考えながら、オレはドアを施錠しチェーンをかけると、足早にリビングへと向かったのだった。

当初の予定とはだいぶ違ってしまったけれど、夕飯はレトルトカレーと、ちぎりレタスとザク切りトマトのサラダを食した。

元々ラーメンと競り合っていたメニューだし、オレとしては充分満足できるディナーであった。

食器を片付けた後、コーヒーを飲みながらしばらくぼんやりとテレビを眺めていたけれど、明日も仕事だからそんなに寛いでもいられないな、と思い立ち、風呂の用意を始めた。