幸せになるために

「それで、先ほど「過去に数回図書館を利用した」と言いましたけど、実はそのうちの1回は、当該書籍を借りる為だったんです」

「あ、そうだったんだ」

「だから比企さんの勤める図書館に、その本は間違いなく所蔵されています。ちなみにタイトルは『最後の聖夜』です」

「さいごの、イブ……?」

「聖くんはクリスマスイブの日に亡くなったんです。そしてその日はあの子の、5回目の誕生日でした」

「えっ……」

「聖なる夜に生まれた子だから『聖』くんだったんです」


あまりの衝撃に、思わず言葉を失った。

この世に生を受けた、一年のうちで最も光輝いているであろうその記念日に、命を落としていただなんて。

いや、どんなタイミングだって、それがとても悲しくて痛ましい事実である事に変わりはない。

だけど……。


「……新聞記事だけでも事件のあらましは掴めますし、そちらを無理強いするつもりはありません。何しろ、とても生々しい内容ですから…。あくまでも比企さんご自身の判断で読むかどうか決めて下さい」


吾妻さんは「これでもう、自分の言うべき事は言い切った」という感じでふ~、と息を吐くと、残りのコーヒーを一気に飲み干した。


「あ。今、おかわりを…」


呆然となりながらも、お客さんをほったらかしにしておく訳にはいかないと、反射的に動き出そうとしたオレを、吾妻さんはやんわりと制した。


「いえ。お気遣いなく。申し訳ないんですけど、今日の所はこの辺で失礼させていただきます」

「え?」


さすがにもう、コーヒーは飲み飽きたのだろうか?


「実は…。知り合いの編集者さんや同業者数人と、本日会う約束をしていまして」

「え!?」


それまで、どこか自分の意識が別の場所にあるような、不安定な状態のままとりあえず会話を続けていたのだけれど、その一言でまるで『カチッ』と音が聞こえそうな勢いで、心が体のいつものポジションに戻って来たのが分かった。


「そ、そうだったの!?うわー。ごめんっ。用事があったのに無理矢理付き合わせちゃって」

「あ、と言っても、仕事の打ち合わせとかではないですよ?ただのプライベートな飲み会なので」

「いやいや、それだって大切な約束じゃん。大丈夫?遅刻したりしない?」

「いえ、時間的にはまだまだ全然余裕がありますから」