幸せになるために

「お母さんとお兄ちゃんのこと。最後にもう一度会いたいんじゃないのかなって」


お父さんの話題が一切出なかったので一瞬『あれ？』とは思ったけど……。

おそらく母子家庭だったんだろう、と判断した。

家庭によって色々事情があるんだから、そこは別に他人がどうこう言う事じゃないしね。


「母親……ですか？」

「え？う、うん」


何故か吾妻さんの表情がいきなり強ばったというか色を無くしたというか、とにかく急激な変化を見せたので、内心ギョッとしつつも何とか続けた。


「まだ５才の男の子だもん。お母さんのこと、すっごく恋しいと思うんだよねー」


しかも、ある日突然お別れする事になっちゃったんだから。


「大家さんなら、行き先を知ってるかな？あ、でも個人情報の壁があるしなぁ～。それに、万が一連絡が着いたとしても、何をどう説明してここまで来てもらえば良いのか…」
「比企さんは、事件の詳細は全くご存知ないんですよね？」

「え？うん」


オレの話を遮るように発せられた、吾妻さんらしからぬ、ちょっと強めな問い掛けに再び驚きながら返答した。


「ならばまず、それを調べてみて欲しいです」


そこで吾妻さんはオレからすっと視線を逸らし、呟いた。


「その後に、果たして今と同じ事が言えるかどうか……」

「え？」


一体、吾妻さんはいきなりどうしてしまったんだろうか？


「まぁ、自分が亡くなった事も覚えてないくらいだし、記憶の改竄がなされていて、実際恋しいのは恋しいのかもしれないですけどね。でも…」


吾妻さんは視線を逸らしたまま、ブツブツと、まるで独り言のように呟いている。


「会ってしまったら美しいだけではない、様々な思い出が噴出してしまうかもしれない。心の奥底では聖くんだってきっとその事に気付いているハズ。だから俺はあの子がこの世に執着する理由はそれではないと思っています」

「ち、ちょっと待って？」


わざと核心に触れないような物言いに、いい加減焦れて来て、オレはストレートに質問した。


「こうき君とお母さんの間に一体何があったの？まさか、事故で亡くなった事でお母さんを責めてる訳じゃないよね？可愛い息子を亡くしてとても苦しんだだろうに、それはちょっと…」
「すみません。今この場で、きちんと説明できる自信がありません」