幸せになるために

「さっきの比企さんのあの雄叫び……。凄まじいにも程がありましたよね」


ふっ、と笑いを洩らしながら吾妻さんは続ける。


「引っ越して来た初日、「事故のあった部屋でも、オレは全然気になりません!」とかキッパリ言い切ってたのに、結局比企さんだって怖いんじゃないですか」

「や、そ、それは、突然の事だったから、ビックリしちゃっただけで…」


そこでオレはハッとした。


「えっ。て事はもしかして、他の部屋の人達にもあの時の声、聞こえちゃってる!?」

「いや。ちょうど俺が音を拾いやすい位置にいただけで、他にはそんなに影響はないと思いますよ」


パニクるオレに、吾妻さんは冷静に解説した。


「それに、俺達以外は皆さんサラリーマンで独身ですから。同居者はいないし、有休でも取ってない限り、この時間はまだ仕事中でしょう」

「……よく知ってるね」

「そりゃ6年も住んでますからね。引っ越しの際の挨拶回りはもちろん、ゴミ出しなんかでもちょこちょこ顔を合わせて、その時に世間話をしてますから。自然と情報が入って来ますよ」

「ふ~ん…」


そういうもんなんだ……。

都会の隣近所のお付き合いは希薄だってよく言われてるけど、例外もあるんだな。

まぁ、そういう人間関係が築けるのは、吾妻さんがすごく話しやすい人だからだろうけど。

でも、とりあえず一安心。

あんな奇声を他の人にも聞かれてたりしたら、もう、こっ恥ずかしくて外を歩けやしない。


「そんな訳で聖くん、このお兄ちゃんはただただびっくりしちゃっただけで、別にキミの事を嫌ってるって訳じゃないからね」


何て、オレがぐだぐだと考え事をしている間に、吾妻さんはナイスフォローをしてくれた。


「……じゃあ、これからぼくと、なかよくしてくれるぅ?」


こうき君はもじもじしながらオレを見てそう言うと、次いで吾妻さんにも視線を向けた。


「こっちのお兄ちゃんも…」

「え。あ、う~ん」


思わずしどろもどろになりながら吾妻さんを見やると、何やら目配せをしてきた後、こうき君に向き合い明るく言い放った。


「うん。ぜひぜひ。仲良くしよう!」

「オ、オレも!よろこんで!」


つくづく後手後手に回りまくりの、気の利かないダメなオレ。


「やったぁー!」