幸せになるために

「いやでも、事故物件に住む事が決まったら、普通は気になって色々自分で調べたり…」


そこで吾妻さんはハタ、と何かに気付いたような表情になった。


「いや、今はこんな事言ってる場合じゃないですね」


そして改めて男の子に向き合う。


「キミ、山田聖くん、だよね?」


数秒置いてから、こうき君はコクりと頷いた。


「うん。ぼく、やまだこうき…」


その動作に伴い、無造作に切り揃えられた感じの、クセのない、艶々とした短髪の黒髪が、サラサラ、と動いた。


「何でお兄ちゃんたち、ぼくのこと、見えるの?」


再び鳩尾キュキュキュ攻撃に合っている間に、今度はこうき君が質問して来た。


「今までだれも気づいてくれなかったのに…」

「何でだろうね?」


吾妻さんはそう言いながら床に腰を落とし、あぐらをかく。

おそらく、こうき君と目線の高さを合わせる為だろう。

オレも慌ててそれに続いた。


「それよりも、何で聖くんはここにいるのかな?」

「え~?だって、ここ、ぼくのおうちだもん」


こうき君は若干唇を尖らせて反論して来る。


「お母さんと、お兄ちゃんと、いっしょに住んでいたんだもん」

「……そっか」

「でもね、気がついた時には、二人ともいなくなってて…」


こうき君はそこでシュン、と項垂れた。


「次から次へと知らない人が入って来て、そのたんびに「だれですか?」「お母さんたちはどこですか?」ってきいてたんだけど、だれも答えてくれなくてね、だからもうあきらめて、一人で遊んでいることにしたの」


……何てことだ。

こうき君は、自分がもうこの世の者ではないという事に、全く気付いていないらしい。


「でも、お兄ちゃんたちはぼくとおはなしできるから!」


そこで彼はパッと顔を上げ、瞳を輝かせながら問い掛けて来た。


「ねぇ、おしえて?お母さん達は、どこに行っちゃったの?」

「……ごめん」


どう言葉を繰り出して良いか分からない、情けなくて役立たずのオレとは違い、吾妻さんは穏やかな口調で返答する。


「それはお兄ちゃん達にも分からないんだよ」

「ええ~…」

「お母さんはね、何か事情があってここを出て行ってしまったんだろうね。そして大家さんはお金を稼がなくちゃいけないから、空いたこの部屋に、色んな人を住まわせたんだ」