幸せになるために

吾妻さんはリビングのドア付近に立ち、室内を見渡していた。


「あ、あれ?」


おそるおそる、彼の背中越しに男の子を探したけれど、確かに目の届く範囲には見当たらない。

さっきはソファーのこっち側で、オレを見て固まっていたんだけど……。


「あ」


しかし、すぐに居場所の見当はついた。

そうだよな。

オレが絶叫して逃げて、またここに戻って来るまでにそこそこ時間が経過しているんだし、いつまでも同じ場所にボーっと突っ立っている訳がない。


「あそこ…」

「え?」

「ソファーの陰から黒い布がはみ出して見えてるでしょ?あれ、オレのTシャツなんだよ」


吾妻さんの耳元で、ボソボソと解説する。


「さっき、あれで無邪気に遊んでたんだ。だからそれを持ったまま、あそこに隠れて……」

「なるほど」


吾妻さんは大きく頷くと、躊躇する事なく大股で歩き出し、ソファーの裏側まで移動した。


「あっ」


さすがの彼も、目の前の光景に度肝を抜かれたようだ。


「すげー…。まさか、こんなにはっきりと見えるなんて…」


遅ればせながらオレも吾妻さんの傍まで歩を進め、案の定、そこに身を潜めていた男の子に、しっかりと視線を向ける。

ブルーとクリーム色の太めのボーダーのセーターと、ベージュのズボン、グレーの靴下を身に着けた、見かけ4、5才くらいのその男の子は、言わずもがなで、噂のあの子だろう。

体育座りをして、黒Tシャツの裾をぎゅっと握り締め、小刻みに震えながら、ウルウルとした瞳でこちらを見上げている。

……さっきは尋常じゃない恐怖心が込み上げて来たけれど。

こうして見ると、普通の可愛らしい男の子じゃないか…。


「聖くん?」


その小動物のような可憐な姿に、何故か鳩尾あたりがキュキュキュ、と締め付けられて、一人身悶えていたオレは、一拍置いてから吾妻さんの言葉に反応した。


「え?今『こうき』って言った?」

「え?ええ」


不思議そうな表情で振り向いた吾妻さんに、いやいや、そりゃこっちのリアクションだよ!と内心ツッコミを入れながら問い掛ける。


「何で吾妻さん、この子の名前知ってんの?」

「いや、何でって…」


目をパチパチさせながら彼は言葉を続けた。


「比企さんこそ、何で知らないんですか?」

「いやいや、だって、知る機会なんか無いじゃん。大家さんや不動産屋さんだって、そこまでは教えてくれなかったし」