幸せになるために

それでも逃げる事を諦めず、四つん這いになり、ガクガクと勝手に振動する手と膝をひたすら前に動かして、何とかリビングを脱出する事ができた。

そのまま廊下を進んで玄関まで行こうとした所で、「ピンポーン」と呼び鈴の音が鳴り響く。


「ヒィッ」


すっかりビビりまくりでテンパりまくりなオレにとっては、日常生活の中で何度も耳にして来たその音でさえ恐怖心を煽る最大の効果音となる。

しかし…。


「比企さん!?」


自分が発した悲鳴と若干被るように、ドアの向こうから聞こえて来たその声に、それまでの取り乱しようは一体何だったんだというくらいに一気に気持ちが落ち着いて、体の震えもピタッと治まった。


「あずまです。どうかしましたか?いま、ものすごい叫び声が…」


身体能力も復活したようで、オレはその場にスックと立ち上がり、当初の思惑通り廊下を駆け抜け、玄関にたどり着いた。

そして靴下のままたたきの上に降り立ち、ドアを勢い良く開け放つ。


「出た!!」

「……へ?」


聡明なあずまさんはドアが突然開いても差し支えない位置に佇んでいて、そこから、いきなり意味不明な言葉を発したオレを目を点にして見つめていた。


「だ、だから、出たんですよ!」


もどかしい思いを抱きながらも、必死にあずまさんに訴えかける。


「リ、リビング、男の子っ…。とつぜん、モワァッと!」


自分ではすっかり落ち着きを取り戻したと思っていたけれど、ピーク時に比べればマシになったというだけで、やはり心中まだまだ混乱が続いているらしい。

無意味に両手を動かしながら、エスパーばりの理解力を要求する言葉を繰り出してしまったが、しかし、あずまさんには伝わったようだ。

ハッとした表情になると、一歩前に踏み出し、ドアを掴んで問いかけて来る。


「男の子の幽霊が出たんですね?上がらせてもらっても、大丈夫ですか?」

「う、うん!」


『この人スゲー!』と内心歓声を上げつつ、あずまさんに道を譲る為、オレはたたきの奥に立った。


「お邪魔します」


言いながら、あずまさんは中に入ってドアを閉めると、一瞬何やら考え、手に持っていた物を下駄箱の上に置いた。

そして靴を脱いで上がり込み、そのまま廊下を進んで行く。

思わずあずまさんが残していった物をチラッと確認してから、慌てて後を追った。


「……どこですか?」