幸せになるために

「一部のケータイ小説ファンの間ではすでにカリスマ的人気があったそうですけど、紙媒体になった時にそれがそのまま反映されるかどうかは出版元も読めなかったらしくて、あくまでも新人の作家に新人のイラストレーターを付けた、っていう感覚だったみたいです」

「あ、そうなんですか」

「だからその時点では、俺は何のプレッシャーも感じていなかったんですよ。それが発売されるやいなや、爆発的大ヒットとなって、次から次へと増刷されて、あっという間に100万部突破してしまいましたからね」

「ホント、あれは凄かったですよねー」


映画版で、主人公が思いを寄せる高校教師役を、トップアイドルグループのリーダーが演じた事で、さらに注目度、話題性がアップしたんだよね。


「そのおかげで俺の懐もだいぶ潤いました。何か、人の褌で相撲をとったみたいで複雑な心境ですが」

「え?何でそんな心境になるんですか?」


苦笑いしているあずまさんに、オレは間髪入れず反論した。


「『愛のカナタ』が大ヒットしたのは、作品自体に魅力があったのはもちろんですが、物語の世界観を損なうことなく、読者の感情移入を更に促すように添えられている、あずまさんの繊細かつ、華麗なイラストが大きなアシストになっているからだと思ってます」

「……そうでしょうか?」

「そうですよ!だからあずまさんが受け取ったお金は、その技術に対する正当な報酬なんですから。気に病む必要なんか全くありません!」

「…ありがとうございます」


オレの力説に、あずまさんははにかみながら礼を述べた。


「もちろん、マイナスな感情だけでなく、自分の作品が多くの人の目に触れ、好意的な意見が寄せられる事に対しての、感謝の気持ちも当然あります。その仕事がきっかけで仕事量もドッと増えて、一応、絵だけで食って行けるようになりましたしね」

「あ、じゃあファミレスのバイトは辞めちゃったんですね?」

「ええ。でも、客として月に2、3回は顔を出してます。仕事の打ち合わせ、作品を届けた帰りなんかに、ちょっと足をのばしてね。さすがにもう自転車ではなくバスやタクシーを利用してますけど」

「イラストレーターの安曇綺羅さんが通う店なんて事がバレたら、ファンの人が殺到しちゃったりして」

「ああ、それは無いと思いますよ」


あずまさんは爽やかに否定した。


「俺はメディアには一切顔出ししてないし、周りの人が気付く可能性はほぼゼロに等しいでしょうね」