幸せになるために

「いや~。特別話すようなエピソードなんか、俺にはないですよ。聞いてもつまらないと思いますけど」

「いやいや、芸術家の方にお目にかかれる機会なんかめったにないんですから、興味津々ですよ!ぜひともその栄光の軌跡を語ってください!」

「いや、芸術家って…」


苦笑いを浮かべたあずまさんに話を打ち切られる前に、先手を打ってインタビューした。


「まず、どういういきさつでイラストレーターになったんですか?やっぱ、小さい時から絵を描くのが好きだったとか?」

「ん~…。好きだったというか…」


しばし考え込んだあと、あずまさんはおもむろに口を開いた。


「自分が持ってる素質の中で、一番伸びそうなのはこの分野だな、金に直結しそうなのはこれだな、と見極めて、ひたすら黙々と描きまくって腕を磨いたってのが正解ですかね」

「へ?」

「新聞や雑誌に投稿して採用されると、図書カードとか商品券とかもらえるから、それで小遣い稼ぎをしてみたり」

「へ、へぇ~。じゃあ、友達の間でも絵が上手い子って評判だったんじゃないんですか?」


そこで、せっかく出してもらった事だし、「いただきます」と言いながらソーサーに乗っていたスティックシュガーとポーションのミルクをコーヒーに投入し、一口すすった。

それに「はい、どうぞ」と応えてから、あずまさんは言葉を繋ぐ。


「いいえ。周りには自分のそういった活動は秘密にしてましたから。投稿時は匿名やペンネームなので、そこからバレる心配もなかったし」

「…でも、隠していても、図工や美術の時間に素晴らしい画力の持ち主ってのはバレるんじゃないんですか?」

「イラストと、学校の授業で描かなくちゃいけないような絵は根本的に違いますからね。そっち方面を極めたかった訳じゃないんで、正直授業は手抜きしてたし」

「そうなんですか…」


意外な話の展開に、オレはちょっと戸惑った。

その間に、あずまさんは自分の皿からチョコをつまんで口に放り込み、次いでコーヒーをブラックのまま流し込む。

口内で混ぜ合わされた両者の味を堪能しているのか、しばし無言の時間を設けたあと、話を再開した。


「…それで高3の時に、学校に来た求人票をチェックして就職の準備を進めつつ、某大手出版社が毎年開催しているイラストコンテストに一か八かで初挑戦してみたんです」