幸せになるために

「…それ、湯沸かしポットですよね?」


デザインは違うけど、職場のポットもこのタイプであった。


「ええ。仕事しながら、1日何度もお茶するんで俺にとっては必需品なんですよ。保温しておけるし、もし熱々が飲みたければボタン一つで再沸騰できますから」

「なるほどね~」


確かにいちいちやかんで沸かすより、そっちの方が断然便利かも。

その手軽さには前々から心惹かれてはいたんだけど、ただ、オレの場合ずっとアパートに居る訳じゃないからな~。

月~木は必ず仕事で、休館日の金曜日と、交替で休む土日はちょこちょこ買い物に行ったり実家に帰ってたりするから。

たくさんのお湯を保温しておく必要がないし、せっかく買ってもあんま活用する機会がないと思って結局買わずに現在に至る。


「でも、比企さんご自身がさっき言ってましたけど、職場は周りがほぼ女性ばかりなんでしょ?」


食器棚の扉を開け、ティーカップを一客出しながらあずまさんはオレの仕事について話を戻した。


「肩身が狭かったり、居心地が悪くなったりはしないんですか?」

「あ、ううん。オレ、そういうのは全然気にならないんですよね」


むしろ、すごくのびのびと働かせてもらっている。

まぁ、周りの皆さんが穏やかで大人の対応をしてくれてるからだろうけど。


「チヤホヤしてもらえて、かえって楽しいとか?」

「え?」

「比企さん、若くてイケメンですもんね。さぞかし同僚の方や利用者さん達に、モテモテなんじゃないんですか?」

「えっ。えぇー!?ど、どこがぁ!?」


からかうようなあずまさんの表情、声音に心底度肝を抜かれる。

オレがイケメンなんてトンチンカンなセリフもさることながら、こういう、ちょっと下世話っぽい冗談も言う人だったんだなと…。


「職場でアプローチなんかされた事ないですよ。みんな仕事をしに、資料を探しに図書館に来るんだから」

「…そうですね。からかってすみませんでした」


ちょっと憤慨気味なオレの口調に気付いたのか、あずまさんは素直に謝罪した。

そこで『うっ』と思う。

な、何か、こんな風に速攻で下手に出られてしまうと、むしろ罪悪感が…。

ちょっとムキになりすぎたかな。

別に、職場恋愛自体を否定している訳ではないんだけど…。

兄ちゃんとお嫁さんなんてバリバリそうだもんね。