幸せになるために

「あ、ああ…」


そういやすっかり忘れてた。


「ていうか、それを言ったらあずまさんも…」

「俺はただ単に郵便受けを見に行こうと思っただけですから。別にいつでも良いんです」

「あ、そうなんだ。えっと、食料の買い出しに行くつもりだったんですけど…」


へへ、と笑いを浮かべてから続ける。


「でも、やっぱ今日は止めとこうかな。食べ物のストックはまだ充分にあるし、それに、おでこの様子も気になるし」

「ホント、すみませんでした…」

「え?い、いや、別に、あずまさんのせいではないですよ?」

「でも、外出取り止めは俺も賛成です」


慌てて発したオレの言葉には反応せず、あずまさんは真摯な態度で続けた。


「頭を打ってるんですから。今日は念のため、部屋で安静にしていて下さい」

「あ、うん…」


思わず姿勢を正して返答したあと、おずおずと問いかける。


「ただ、もうちょっと、ここにいさせてもらっても良いですか?」

「え?」

「まだ色々とお話したい事があるし」


肝心の、あずまさんのイラストレーターとしての活動の様子とかを、ぜひとも聞かせてもらいたい。

途中からオレの話になっちゃって、そこら辺全然掘り下げられていない。

こんなにじっくりと腰を落ち着けて話せる機会がこの先あるかどうか分からないんだから、ここは食い下がっておかないと。


「良いですよ」


ふっと笑みをもらしたあと、あずまさんは救急箱を手に立ち上がった。


「そうと決まれば…。今、お茶淹れますね。気が付かなくてすみません」


言いながら、リビングの網棚へと近づく。


「え?い、いや、そんな、お構いなく」

「いえいえ、俺が飲みたいんですよ。なんか喉が渇いちゃって。と言っても、インスタントのコーヒーか紅茶か緑茶しかないので、選択肢は少ないですけど」


一番上の段に救急箱を戻したあと、今度はキッチンへと歩を進めながらあずまさんは問い掛けた。


「どれが良いですか?遠慮せず言って下さい。じゃないと、俺も飲みづらいんで」

「えっと…じゃあ、コーヒーでお願いします…」

「了解です」


あずまさんは、キッチンとダイニングを仕切るように設置されているカウンターに置いてあったポットに近付くと、上部にあるボタンを押した。