昔は野暮ったいアイテムの代表格で敬遠されていたのに、いつの間にやら黒縁メガネって市民権を得ちゃったよね。

鈴木さんもかけてるし。

まぁ、あちらは丸いフレームでこちらの男性は細長いタイプだけど。

しかし、この髪のボリュームは羨ましいことこの上ない。

オレなんて細くてネコっ毛で茶色がかってて、毎朝のセットは大変だしそれより何よりこういう髪質は長い友とはならずに早々にお別れする確率が高いらしく…。

だからせめて毛根を酷使しないよう、洗髪時は無添加のシャンプーで労るように洗い、整髪料ではなく椿油を使ってセットしたりしている。

パーマやカラーリングは問題外。

しかし目の前の彼はそんな苦労とは無縁なんだろうな。

着ている物は赤いチェックのネルシャツとインに白Tシャツ、ボトムはスリムな黒のパンツ。

大学生か、もしくは卒業したばかり、という年の頃に見えた。


「しっかし、ホントに引っ越して来たんですね」


何て事を考えていたら、彼が新しい話題を振って来た。


「え?」

「大家さんから『8ヶ月ぶりにお隣さんができるよ』とは聞いてたんですけど、ホントに103に住むんだ。チャレンジャーだな~」

「あ、例の話?」


他の部屋の人にも当然、周知されているハズだから。


「それ言ったら、えっと……」

「あ、申し遅れました。私、吾妻理貴と申します」


オレが言い淀んだのはまだ名前を知らないからだと素早く察知したらしく、男性は自己紹介をしてくれた。

なかなか頭の回転の早い人だ。

『あずまりき』ね、と脳内HDにデータをインプットしてから言葉を紡ぐ。


「あずまさんだってチャレンジャーじゃないですか。隣に…少なくとも8ヶ月以上は住んでるんでしょ?」

「高校卒業と同時だから、今年で6年目ですかね。だって便利ですもん」


あずまさんは言わずもがな、という感じで言葉を返した。


「仕事柄、都内のあちこち行かなくちゃいけないんですけど、どこに行くにも便利な駅まで徒歩15分で、1LDK風呂トイレ別で月6万円台の物件なんて、他では見たことないですから」