幸せになるために

ふと、足元に視線を落とすと、明らかに女性用と思われる茶色のショートブーツが目に入った。

扉の無い、中身が丸見えの下駄箱内には他に女性用の靴は見当たらないので、ここに住んでいる訳ではなくお客さんだろう。

彼女さんか友達かご家族か。

いずれにしろ、親しい方との水入らずの時間を邪魔しちゃ悪いと、挨拶が済んだら早々に引き上げた。

とりあえず、真上の人はとても感じの良さそうな人で良かったな。

胸を撫で下ろしながら階段を降り、今度は102号室へと向かう。

呼び鈴を鳴らしたけれど、応答はなかった。

どうやら不在らしい。

ま、予想はついてたけどね。

夕方くらいにまた来てみることにしよう。

片付けに夢中で昼ご飯をまだ食べてなかったし、いい加減お腹が空いた。

ここから一番近いコンビニの位置はすでにチェック済み。

内見と大家さん宅に挨拶に伺った時と、そして今日、車の中から街の様子を観察していたから。

そこで何か食料を調達して来て、それを食した後また片付けを再開して、ってやってる間に良い頃合いになるだろう。

そう考えながら、オレはひとまず自分の部屋に戻った。


「あっ」


弁当と、数日分の食料が入ったビニール袋を両手にぶら下げて買い物から戻り、敷地内を進んで建物の角を曲がった所で、数メートル先の102号室の前で、ドアの鍵を開けている男性の姿が視界に飛び込んで来た。


「す、すみません!」


袋をガサガサと鳴らしながら慌てて駆け寄り問い掛ける。


「あの、こちらの部屋の方ですよね?」

「は?」


ドアを開け、室内に入ろうとしていた男性は、目をパチクリさせながら返答した。


「えっと…。そうですけど?」


言いながら、静かにドアを閉める。


「はじめまして!オレ、今日隣に越して来た者で…」


そこでハッと気付いた。


「ち、ちょっとすみません。ここで待っててもらっても良いですか!?」


返事を待たずに、オレは急いで自分の部屋の前まで移動すると、袋二つを左手に持ち、右手で鍵を開け、室内に突入した。

玄関の上がり框に袋を置き、代わりに下駄箱の上にあった紙袋を掴んで、再び外に飛び出す。