幸せになるために

言いながら、聖くんは再び背伸びをして、モップの先を天井に当てた。

そして「よいしょ、よいしょ」と一生懸命左右に動かす。

その姿に胸が締め付けられ、思わずモップを奪い取りそうになってしまったんだけど、『いやいや、待て待て』と必死に自分を制した。


「……分かった。じゃ、お願いね」


本人がやる気になっているのに、その気持ちを阻害するのは違うのではないかと思い直したのだ。

とにかく、やれる所までやってみてもらおう。


「うん!」


聖くんは満面の笑みを浮かべながら振り向いて、そう返事をした後、すぐにまた壁に向き直り、天井を仰ぎ見ながらせっせとモップを動かした。

ちょっと不衛生かもしれないけど、オレは聖くんの様子が分かるよう、ドアを開け放ったたままトイレ掃除を始める。

除菌シートで壁や水洗タンクや便器を拭きつつ、聖くんの動きをチラチラと目で追った。

ヨロヨロしながらも、聖くんは一定のリズムで上手にモップを動かして、天井、壁の順で埃を払いながら、ジリジリと確実に廊下を進んで行った。


『この分なら大丈夫かな…』


ホッと一安心した所で、とりあえず自分も掃除に集中して早く終わらせてしまおうとドアを閉めた。

あちこち拭いたシートを流した後、今度は便器内部に洗剤をかけ、ブラシを使って入念に磨く。

仕上がりに大満足しながらドアを開けて廊下に出ると、聖くんは床掃除に突入していた。

こちらはすっかり手慣れた様子で、器用にスイスイと道具を動かしつつ移動し、すぐに玄関まで到達した。


「お兄ちゃん、終わったよ~」

「お疲れ様ー。よく頑張ったね!」


聖くん以上にテンション高く応じるオレの傍に駆け寄ると、彼はその場にペタン、と座り込み、「んしょ」と言いながらシートを外しにかかった。

どうやら先ほどオレがやっているのを見て覚えたようだ。


「これ、ゴミ箱にポイしてくるね!」


そう宣言しながら駆け出す聖くんを目で追うと、リビングに入ってすぐ右に曲がった。

おそらくキッチンの方のゴミ箱に捨てに行ったのだろう。

人がやっている事を見てすぐにやり方を習得し、なおかつ応用力まである。

何てお利口さんなんだろう…!

オレが感動に震えている間に戻って来た聖くんは無邪気に問いかけた。


「お兄ちゃん、次は何やるの~?」

「あ、えっとね」