幸せになるために

「……なんで…?」


散々悩んでやっと出た言葉はそれだけだった。

あまりの不甲斐なさに、オレが自分自身を叱責している間に、吾妻さんは「ふー…」と長く息を吐き、話を再開する。


「どこから始めれば良いのかな…」


言いながら、彼はテーブルに両肘を着いて両手の平を合わせ、指を組んだ。


「物心ついた時にはすでにもう『あ、俺、この人に嫌われてるな』って、感じていたんです。普通、そんなに小さい時の事を鮮明に覚えている人はそうはいないハズです。実際俺も、その時分の他のエピソードを思い出す事はできません。でも、母親とのやりとりだけは…。母親の俺を心底蔑むような表情と声だけは、しっかりと、記憶にあるんです」


ぼんやりとした眼差しで、目の前の空間を見つめながら。


「俺には兄が居るって、さっき言いましたよね?」

「う、うん」

「5才年上なんですが、事ある毎に母親に、その兄と比べられていました」

「くらべられる…?」

「ええ。箸の持ち方や着替えの仕方、道具を使っての遊び方、その他日常生活の中での細々とした事を、とにかくいちいち、重箱の隅を突つくようにしてね」


吾妻さんはあえて感情を押し殺しているのか、抑揚を全くつけずに、ボソボソとした口調で言葉を発している。


「一応『こうするのよ』とやり方は教えるんですけど、それがとても投げやりで、いかにも面倒臭そうで、言っている事が良く分からないし、たとえ理解できたとしても、3、4才の子が一度の説明で物事を完璧にこなせるようになる訳がありません。案の定うまくいかなくて、できなかったり失敗したりした俺を見て、母親はまるで鬼の首をとったかのように責め立ててくるんです。『何でこんな事もできないの?お兄ちゃんがあんたくらいの年にはとっくにできていたのに。ほんと、何をやらせてもダメでグズな子なんだから』ってね」

「そんな…」

「そりゃあ、母は自分がお気に入りの兄には、時間と愛情をたっぷりとかけて、手取り足取り色んな事を教えてあげていたんでしょうから、短期間で身に付いた事がたくさんあったでしょう。でも、ダメ出しだけはしつこくされて、肝心な場面では放置されていた俺はそもそもスタートラインが違うんだから、兄と同じようにできる訳がないんです」

「何でそんなに、お兄さんと差をつけられていたの…?」