幸せになるために

そう言いながら窓を閉めて施錠すると、鈴木さんはさっさとリビングの出入口まで一人で歩いて行ってしまう。

そしてドアの陰からコソッとこちらの様子を伺って来た。

……ここに着いた時から薄々感づいてはいたんだけど…。

もしかして鈴木さん、ビビッてる?

管理を任されている不動産屋さんが、そんな事でどうすんだよ~…。

思わず苦笑しながら歩き出そうとしたその時、ふいに、背後に風を感じた。


え?


思わず振り返ったけれど、当然、そこには何もない。


「どうかされましたか?」

「あ、いえ」


多分、窓を開け閉めして、鈴木さんがリビングを早足で横断したから、室内の空気が動いて体がそれを感じ取ったんだろう。

オレはそう結論着けると、落ち着かない様子で佇む鈴木さんの元へと急いだ。

事務所に戻り、改めて契約内容の確認をし、いくつかの書類にサインをして行く。

入居はちょっと先になるけど、11月からにした。

今は9月に入ったばかりなので、引っ越しは2ヶ月先という事になる。

兄ちゃん達の結婚式が10月下旬なので、それまでは実家で過ごし、精神的に余裕のある状態で式に参加したかったから。

それに引っ越しの荷物をまとめるのに、それくらいの期間は欲しかった。

無事に契約を済ませ、気がかりな問題が一つ片付いた事に安堵しながら家路に着いた。


「母さんから聞いたぞ、たすく。アパート、契約までこぎ着けたそうじゃないか」


一家揃った夕飯の席で、父さんがそう話を振って来た。

一応、タイミングが合わせられる日は一緒に食卓を囲むのが我が家のルールとなっている。


「ああ、うん」

「結局家賃はどれくらいだったんだ?」


コロッケを咀嚼しつつ、くぐもった口調で兄ちゃんも会話に加わる。


「これ、かける!食べ物を口いっぱいに詰め込んだまま話すんじゃないの!お行儀が悪いわね!」


そうたしなめてから、母さんはオレに確認を取りつつ代弁した。


「最初の希望通り、6万円以内の物件が見つかったのよね?」

「うん」

「へぇ~。そうなんだ。どんなに安くても7、8万は行くかと思ってたんだけど…」