幸せになるために

そこで聖くんはオレの正面に回って来ると、おでこにそっと右手を当てて、なでなでしながら声を発した。


「ごめんね?たすくお兄ちゃん。いたいのいたいの、とんでけ~!」


その呪文に合わせ、右手を空中に「えいっ」と投げ出す姿が、超絶に可愛らしくて。


「…良いんだよ、ホント。もう大丈夫だから…」


泣いているような笑っているような、さぞかし微妙な表情になっているんだろうなと充分に自覚しつつ、オレは聖くんに囁きかける。


「聖くん、ちゃんと『ごめんなさい』してくれたんだから。もうこれ以上、気にしなくて良いんだからね…」


そして、聖くんの体にそっと抱きついた。

………ふりをした。

しばらくその姿勢でいたけれど、ハッと、自分が今やるべき事を思い出し、すぐさま枕元に置いてある時計に視線を向ける。


「あ。お兄ちゃん、そろそろ出掛ける支度しないと」


滲んだ涙を聖くんに見られないよう、さりげなく服の袖で吸い取らせつつ、立ち上がった。


「じゃあ、聖くん、またテレビ見ててくれるかな?」

「うん」


素直にこっくりと頷くと、彼は先に寝室を出て行く。

改めて布団を整えてからオレも寝室を出て、ソファーにお行儀良く腰掛けて画面を見つめている聖くんを確認しつつ、洗面所へと向かった。

歯を磨いてヘアスタイルを整えたあと、再び寝室に戻り、押し入れの下段に入れてあるプラスチックの衣装ケースの前に座り込む。

備え付けのタンスはハンガーで洋服を吊るすタイプの物で、引き出しは2段しか付いていないので、こういう物を活用しないと収納スペースが足りないのである。

しばし思案したあと、黒のニットと薄手のTシャツとジーパンをチョイスして、ルームウェアからそれらに着替え始めた。

ちなみにオレはニットスタイルの時には、必ずその下に綿100%のTシャツを身に付ける事にしている。

寒さ対策もあるけど、ニットが体に直に当たると何だかチクチクしてしまって。

その後猛烈な痒みに襲われて、ついつい掻きむしっちゃったりするんだよね。

我ながらセンシティブなお肌だよな、と思う。

身体的なダメージを阻止するのはもちろん、仕事中にそんな事に気を取られたりしないように、きちんと対策を練っているのである。