爛漫遊戯録



「ノア、と呼んでもいいかしら?私の事はリディアと呼んで?」

「…はあ、」

「ノア。貴方の腕を見込んでお願いがあります。私の旅に護衛として同行してくれませんか?」

 じっと見つめる瞳…腕には愛剣。ノアの出せる答えは一つしかなかった。

「…分かりました。但し、ただ働きは御免ですよ?」

「分かったわ。交渉成立ね?」

 挑発的に微笑んだと思えば、真剣な瞳で見つめてみたり、今度は少し得意げな顔をしてみたり。基本的に表情筋が仕事放棄をしているように無表情なリディアがここ数年久しぶりに誰かに自分らしく振る舞った瞬間だった。

 今度は差し出した手にきちんと渡された自らの愛剣。普段は冷たく手に取ると自らの温度が吸い取られる様な感覚を覚えるそれが、今はリディアの手に触れて温かさを感じさせた。
 愛剣をいつもの定位置に戻すと、リディアの方を見やる。

「それで、リディア。どちらまで旅を?」

「…そうね、決まっていないの。ただ遠くへ…」

 ノアの問いに空を仰ぎ思案するリディアの瞳はなんだかとても悲しげで、空に向けて伸ばした右手を優しく握り、声を掛けたい衝動に駆られた。だが、それより早くリディアは瞳から悲しげな光を消すと、まるで目が覚めたように自らの行動にはっとさせられた。信じられない。自分は今、何をしようとした…?

「取り敢えず、ユディアンスの国の外へ行ってみたいわ。…いいかしら?」

「…ええ。貴女の旅のお供をするのですから」

 何事もなかったかのように会話を続けるリディアに同じくノアは何事もなかったかのように会話を続けた。先程の動揺など微塵も感じさせない完璧な笑顔で。

「では行きましょうか」

「ええ」

直に日が暮れる。次の街までは1時間と無いはずだ。二人はそこへ向けて歩き出す。

―こうして少年と少女の旅が始まったのだった。