「ふぅ、全く。人が素直に謝っているのに余計な事を言うからこういう目に合うんですよ?」

「…もう聞こえてないと思うけれど」

「ああ。それもそうですね」

 少女の指摘にそれもそうかと少年は頷いて答えた。そして少年は改めて少女へと手を差しだす。

「持っていて下さって有難う御座います」

「…顎」

「え?」

少女がぽつりと呟いた顎という単語の意味が分からず少年は多少顔を顰め首を傾げた。数度瞬きを繰り返し思案するが、やはり分からない。そんな少年が尋ねるより早く少女は言葉を続けた。

「一番最初、貴方に掴み掛った男は…顎を殴り脳震盪を起こさせ気絶させ、次の男は後頭部の強打、その次は腹部、最後は胸部。…どう?合っているかしら」

 どうやら少女は先程男達を熨した時、少年がどの様にしてそれを実行したのかを言っているらしい。

 少年はスピードに自信があった。同年代の少年達より少々低めな身長。けして筋肉隆々とは言えない、どちらかと言えば細身の四肢。それでも少年が先程の男達に勝つことが出来たのは急所を確実に狙う正確性と、なによりもスピードだ。小柄で身軽な少年は自らの短所を生かしそれを長所へと変えた。

 どんなに攻撃力の高い技でも当たらなければ意味がない。だから少年は敵の攻撃を受けないように速く速く目にも留まらぬ速さで先に攻撃を仕掛け、確実に自分の攻撃を相手の急所へ叩き込む。同じことをもう何年も繰り返してきた。それなのに、こんな戦闘とは無縁そうな…例えるなら箱入り育ちの世間知らずそうなお嬢様にそれら全てを見られていたなんて、考えられない。

「…良い目をお持ちですね」

「そう?有難う」

「いいえ。それで、そろそろそれを…」

 少女に自らの動きを見られていたことには驚いた。けれどそれが何だというのだ。今から戦うわけでもあるまいに、そう思い再びロングソードを返してもらうよう言おうとすると少女は口の端をほんの少し上げ微かに微笑んだ。その姿はとても美しくどこか挑発的だった。