「てめ、馬鹿にしやがって…!」

「…」

「おい、囲め!」

 それでも少女が歩みを止めず、まるで男達など此処には居ないかのように振る舞うと、耐えかねたように男は仲間に少女を完全に包囲するよう命じた。男の命令に仲間が応え、少女は直ぐに四方をぐるりと囲まれてしまう。これでは無視を決め込む事すら出来ない。

「…今日は機嫌がいいの。今ならまだ許してあげるわ。私の前から失せなさい」

「馬鹿かお前!許しを請うのはお前の方だろ!」

「私はお前なんて名前でもないわ」

 少女の言葉で完全に怒った男がその感情に任せ少女に浅黒く太い腕を振り上げる。その時、小さく白いものが勢いよく茂みから飛び出した。全身を白くふわふわの毛に覆われ自らの体より3倍ほど長い耳を靡かせ短い足を懸命に動かす、小さく白い生き物はロイヤーという。その毛はとても暖かく保温性に優れており衣類や靴、帽子や鞄等に使われており肉は柔らかくとても美味だと聞く。だが、一体の大きさが10cmに満たないことやその素早さから捉えるのは中々に難しく希少種として街で高く取引がなされている。

 ロイヤーは自らが飛び出してきた茂みを仕切りに振り返りそのせいか前方が疎かになり飛び出した勢いそのまま少女に殴りかかろうとしていた男の顔面にぶつかったのだった。

「いて、このっクソが…!」

ロイヤーはどうやら男の鼻に強くぶつかったらしく男は自らの手で顔を覆い悪態をついている。男にぶつかったロイヤーの方はその衝撃で目を回しどうやら気絶してしまったようだ。

「ぐ、いてぇなチクショー!」

その痛みが余計男を苛立たせたらしく再び男が今度はその背から巨大な斧を手に取り振り上げる。と、先程と同じく茂みの中から勢いよく何かが飛び出してきた。
ヒュンヒュンと風を切りながら回転するそれは物凄いスピードで飛んでくると先程ロイヤーがぶつかった男の顔面に寸分違わず直撃し、その衝撃で男は今度こそ鼻と口から血を吹き出し白目を剥きながら地面に倒れ、気を失った。男の顔面の直ぐ横に回転しながらぶつかったものが突き刺さる。

―ザシュッ

 二度も少女を殴るのを邪魔され、おまけに二度も顔面に衝撃を受けた男を多少なりとも哀れに思いつつ気絶した時の顔があまりにも醜かった為、少女は直ぐにそんな思いを忘れ男の横に突き刺さるものに目を向ける。