広大な大地と自然に囲まれた実り豊かな国、ユディアンス。此処はそのユディアンスの国で最も深い森の中。王家の住む中央都市セントラルアンスの敷地内でもあるこの森は今の時期一年の中で最も実りが多く同時に野生生物が最も活動的で最も危険な時期でもあった。その為、この時期に森の中を訪れる人間は極僅かに限られている。
鳥の囀りと木々の騒めき、穏やかな静けさが支配する森の小道を一人の少女が歩いていた。 凛とした佇まいとまるで作り物のように整いすぎた容姿からどこか幻想的な雰囲気を持つ少女だ。彼女は現在道に迷っていた。
初めて訪れた森の中、地図も当てもなく歩いているのだから当然といえば当然の結果だろう。けれども少女は焦る様子など微塵もなく前へ前へと歩みを進めた。どうせ目的など無い。ただただ少しでも遠くへ行き世界をこの目で見て回りたかった。
「お嬢ちゃん、こんなところで迷子か?」
そんな少女の前に4,5人の男が立ち塞がり行く手を阻む。集団で行動し武器を装備していることからこの時期に森を訪れる限られた人間の一部のようだ。先程説明した通りこの時期は野生生物の活動が最も活発になる時期で、その中には小さく愛らしいものも居れば巨大で獰猛なものもいる。その為、この時期の森に入る人間は武器を装備し獰猛な野生生物と戦える戦闘力を持った人間に限られてくる。
少女に声を掛けたのはその男たちの中でもリーダー格の男らしく、他の男より一歩前に出ると背の低い少女に目線を合わせるようにその巨体を折り曲げ屈んだ。自然と距離が近くなり男の無骨な顔が目前へと迫る。少女は一瞬不機嫌そうに眉間に皺を寄せると直ぐに無表情に戻りふいと顔を逸らした。
「お嬢ちゃんなんて名前ではないわ」
「これは失礼?じゃあ、お名前は?」
「ごめんなさい。貴方に名乗る名前なんて持ち合わせていないの」
少女は普段気だるげに半分ほど閉じられた瞳を更に細め鋭い視線で男を睨み付けるとその横を素通りし再び歩き出そうとした。男は暫く茫然と固まり、けれども直ぐに顔を真っ赤に染め上げ勢いよく振り向くと両腕を滅茶苦茶に振り回し怒鳴り散らした。
