「まだ起きていたのか」
「おとうさん!」
「二人共、良い子は寝る時間だぞー?」
「三味線の音につられたのよ、ふふっ」
「桜、お前も明日は八橋へ行くのだろう?早く休んだ方がいい」
穏やかな父が母に羽織るものをかける。
二人共仲が良くて、いつもにこにこしている。仕事が忙しく町に出られないため、寺子屋に通うことは出来ないけれど、読み書きや三味線の演奏の仕方を母が教えてくれるし、父と母が仲良くしているのを見ているだけで顔が綻ぶ。
楓は父に駆け寄って頭を撫でてもらっていて、ご機嫌な様子。
夜も更け、みんなは寝ている。こんなふうに夜ふかしをして、長い時間話していられるのが特別に感じた。
「おかあさん、わたしねおかあさんみたいになりたい」
「どうしたの、急に?」
「おかあさんみたいに三味線を弾けるようになって、色んな人に聴いてもらうの!それでね、おとうさんみたいな人と一緒にいるの!」
「三味線を上手に弾けるようになってきたものね、たくさんの人に聴いてもらえるといいね」
「かえでも!ねえねとさみせん弾いて、色んなところで色んな人に聴いてもらうの!」
「仲良しさんだなぁ。それじゃあその時のために三味線を作ってあげよう」
父の言葉に飛び上がるくらい喜んで楓と2人ではしゃぐ。
母に静かになさい、夜も更けているのだから、と注意されて口を押さえた。
父の三味線は三河の国一番というくらい、良い音を出す。京の都や江戸の人もわざわざ買いにきたことがあると、近所の人が話しているのを聞いたことがある。
忙しく三味線を作る姿、売る姿が父、それを奏でて三味線の先生が母。その背中を追うのは当然のことだと思っていた。
だから、なのだろうか。それとも幼かったからだろうか。幸せがこのまま続くものだと、信じて疑わなかった。
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