「楓……」
「あんさんにはこれが楓やと、分かるんだな」
「私には?」
「これを見た人は第一に花やと言う。あながち間違ってはいないんやが、本当は楓なんや」
「今は冬なのに、楓ですか?」
小椋が自嘲気味に口元に笑みを見せて、着物を見つめた。
「これは売り物やない。…老いぼれが一時の夢と知りながら夢を手に入れようと足掻いた物」
「老いぼれというには若すぎますよ」
「33になる。夢に溺れた老いぼれや」
奥に消えていく小椋の背中に、哀音は何の言葉もかけなかった。
もう一度、飾られた着物――小袖に目をやってから後を追った。
着物は虫干ししなければ悪くなってしまう。だから出してあったのだろう。
見事な小袖は、夢を手に入れるまで袖を通されることはない。そう思うと寂しくなった。
