「用済みと、そう言いたいのか」
すぐに、感情のない声が返ってきた。
「答えろ、前川達(たつる)」
「後悔ばかりの、弱くなった女を戦場には立たせぬ」
「わたしがどれだけっ―――」
「桔梗として生きるには、ここしかない」
―――――――風が、通った。
首元に妖しくきらめく、短刀の刃。
「………後悔ばかりだろうと、関係ない。弱くなど、ない。わたしの手は汚れている。哀音と呼ばれたあの日から」
哀しい瞳が向けられ、そこにうつるのは殺意と。
「もう、遅い。わたしはこの名を捨てられない。まだ、捨てるわけにはいかない」
かすかに震えて刃がぶれる。
白雪に真紅の花を咲かせ続けた、哀れな音を紡ぐ者。
でも、知っている。
誰より優しく、全て自分で終わらせようと覚悟を決めていることも。
だからこそ、ここしかない。
「………私が、果たそう」
「…っ………」
灯がすきま風に吹かれ、揺れる。
哀音の瞳の灯りが、揺れた。
「名を捨てろ、桔梗」
しばらくの後、短刀が下げられ畳に落ちる音がした。
桔梗が弱々しく前川に腕を回してくる。
受け止めるように、背中に手を回してかえしてやる。
「心配はいらぬ。私は武士だ。今までも、これからも、人殺しの罪を背負い、生きていくことを選んだ愚かな男だ。何も苦しいことはない。
桔梗は一人の女として生きていける。その道を間違うな」
愛されて育った桔梗が奏でる音は、愛音であってほしい。
頭を撫でてやれば、肩を雫が濡らした。
「……ならば」
「なんだ?」
「桔梗として。一人の女として。貴方が武士らしく終えられるよう願って、愛の音を奏でましょう」
「……私の為に奏でる愛音か。悪くない」
ゆっくり体を離すと、どちらともなく唇を重ねた。