そんな彼女に何も気が付かないふりをして、行こうと告げる。行き先は前もって話をつけておいた、とある商家の所有する空き屋だ。


心づけの金銭は渡してあったから、名前をいえばすぐ通してくれた。








「旧幕軍に味方してくれる人はまだいるんですね」






小さく聞こえた呟きに苦笑する。






「一応。だがもし新政府軍に見つかった場合は差し出していいと伝えてある」






中は存外綺麗で、畳や木のにおいもさほど気にならなかった。



しばらく使っていないと言っていたが、旦那の家から近いとあって定期的に掃除はされているようだった。




畳に上がって腰を下ろすと、哀音も向かいに正座した。










「茶屋でも良かったが、あまり話を聞かれたくないのでな」




「お察しします」








「少し冷えるが、大丈夫か」







「えぇ、ご心配なく。……三味線が聴きたいんですよね」








三味線を構えていくつか音を鳴らす。


――――ベンッ、ベンッ、ベンッ……




乾いた虚ろな音は、哀音だった。


手にある撥には桔梗が描かれていて、それを見た途端やはり桔梗として生きる道があったのではないかと、ひどく悲しく思った。



三味線奏者として音を奏で、幸せだった思い出を胸に生きることが出来たのではないかと。








前川はしばらく紡がれる哀しい音に耳を傾けた。















――――ベンッ。







三味線の音がこだまして部屋に響いている間、互いに口を開かなかった。

















「………矛盾だらけの、人生だった」