上がる息を抑えながら、哀音は前川を見上げていた。
首元に当てられた刃はひどく冷たかった。
「私の、勝ちだな」
ゆっくり刃を離せば、胸につかえていたものがなくなっていくような感覚に、自分がすべきことが色をついて見えてきたような気がした。
「桔梗。2日後に暇をもらえることになった。その晩に、会えないか。三味線を聞かせてくれ」
「構いませんが、突然ですね」
「許せ。ここからが正念場だ、少ししたら戦しかない。……木山と江藤のことも、分かったことがある」
監察方に配属された森野に内密にと頼んでいた情報をもらったのは、江戸に来る道中に乗った舟、藤丸でだった。
木山と江藤が長州藩であること、そして今、旧幕府軍を追う新政府軍にいることが―――つまり、生きていることが書かれていた。
この先の戦できっと、刃を交えることになるだろうと思う。
「木山と、江藤は、生きているんですね」
「あぁ」
錆びた鈴を強く握る哀音に、2日後再びここへと告げ、去る。
復讐という闇に堕ちた彼女にとっては、木山と江藤が全てなのだろう。理解していても、今の、"哀音"の冷たい表情を見つめることは辛かった。
―――2日後。川の落ち着いた音を聞く彼女を見た。
膝を抱えて幼子のような哀音に、思う。ここまでくるのに、色んなものを忘れてきてしまったのだろうと。
「―――桔梗」
嫌がる呼び名。
「冷えるぞ」
肩に触れると、長い事いたのだろう――氷に触れたような冷たさが伝わってきた。
「…………」
「桔梗?」
「……すみません、考え事を」
触れた手から逃れるように顔を上げてすっと離れて、立ち上がった。
