「本当に……哀れだ」








ただ静かに呟いて。






哀音は再び仕事に戻った。









――*――







「一時撤退だ、たて直すぞ!!」







局長の声に皆が動く。


その中で前川が陰に隠れている哀音に近づいてきた。










「撤退するんですね」






「あぁ。哀音のお陰で数はそんなに多くはなかったが、新選組だけでは難しい。これから1度戻り、負傷者の手当をしながら体制を整えるとのこと」







「そうですか。…にしても、今回も負け戦ですね。今まで何度も手を貸したのに、幕軍がこれでは意味がない」








回り道をして相手を先に斬り、新選組が戦いやすいようにしたり、"仕事"はこなしてきた。









そのおかげか、死者は少ないらしい。











「家茂公が指揮をとられている。きっと心配はいらぬ。それに、哀音の動きを無駄にすることはしない」








「……だと良いのですが」













――――1868年8月20日。徳川家茂が病死したと、耳に入った。


それを理由に征討を中止することになり、哀音の仕事もひとまずは終わった。








それからは将軍が変わり、政治がどうなるだの忙しく時は過ぎていく。





哀音には関係ないが、新選組はそういう訳にもいかず、連絡はなかなかとれなかった。







稽古をしたり三味線を奏でたり、木山や江藤の情報を求めて動きながら日々を過ごした。

前川はたまに借家にやってきて互いに現状報告をし、屯所へと戻っていく。落ち着くまでこれは続くのだろうと思いながら、少し痩せた彼の背中を送った。










今日も三味線を奏でる場所を探して歩く。









「島原大門…」









大きな島原大門に、芹沢を追ってきたあの日を思い出した。







誰かの音とあわせて三味線を奏で、小椋と会い、長州藩士に襲われた。







―――あの日はまだ穏やかな日々を送っていたと言っても良いのかもしれない。誰にも干渉されず、復讐のために生きれたのだから。