突然、顔を笠で隠した袴姿の男が現れた。すぐに構える。
「わたしに、何か用か?」
「………江藤仁、木山金太郎」
二人の名に、驚いた。こいつは、長州の人間か。
「以前、文を飛ばしたのはお前か…?」
「あぁ、そうだ。君が何よりも欲する情報を与えてあげたよ……」
抑揚のついた、訛りはきつくない独特の話し方に、気味の悪さを感じた。まとわりついてくるような、そんな声。
「何故、わたしのことを知っている」
「ふふふ………それは、君がどこかでその話をしたからじゃないかなぁ…」
前川に話をしたあの場所で、盗み聞きをされたということか。
人の気配には敏感なほうだし、耳も良いから大抵は気づく。けれど気づけなかったのは、己の気の緩みか、この男の力か。
「大変だったんだよぉ、聞き出すのは。何せもうすぐ10年経つ話だからねぇ……」
「……それで」
「もう少しつき合ってくれてもいいじゃないか、せっかちだなぁ…早い話、君を迎えに来たんだぁ……」
「長州につけということか」
刹那。
「つけ、ではなく、つく、だよ」
耳元で声がして、振り向けばそこに男がいた。
すぐに距離をとって、耳を押さえる。あの声をすぐ近くで聞くものは辛いものがある。
思っていたより背の高い、細身の男はにやりと口元の笑みを深めた。
「君は我の情報を受取った―――すなわち、借りがある。拒否権は与えない」
「っ、その情報が正しくなければ借りなどではない」
「こちらから、正しいと教えようと迎えに来たんだよ。時間もそうないからねぇ。………おいで、江藤と木山に会わせてあげよう」
進もうとした男に、哀音は止まるように動きを示した。
何十人とが動いている。男が怪訝そうにこちらを見つめると、建物の陰――強く殺気を感じる方へと視線を送った。
