隊士が戻ったところで、哀音に近づきすぎない距離へと土方がやってきた。






「哀音、か。今回の件で礼を言うつもりはねぇ。前川、戻るぞ」









「……はい」








短刀を懐に戻し、蛤御門とは反対へ体を向けて、前川の背中に声をかけた。







「約束は果たしましたから」







それだけ言い放ち、一度も振り返ることなく歩みを進めた。






借家へ戻るまでの間、大坂で傷の手当てをしてもらった、あの日の事を思い出していた。
















「手当てをして下さり、ありがとうございました。後ほど屯所へ金銭を」





「金銭の礼はいらぬ。それより、約束をしてほしい」






前川が新選組隊士の顔をした途端、これから言われるであろう言葉に身構えた。




そうするために哀音を助けたのだ―――そうする以外に助ける理由などあろうか。








土方の命か、自分自身で決めたことかは知らないが、手当てをされ礼を言ったからには断れない。









「新選組に一度手を貸すという約束だ 」








「………」







「哀音が動くだけで好機は訪れる。一度で良い、新選組と手を組んでくれ 」








「1つ、断りをいれておきます。私は基本的に冬でないと、人を殺せません。刀背打ちか怪我を負わせることはできても、命を奪う事はできないのです」










怪訝そうに顔をしかめた前川に、目線を下げた。











「私が大切な人を失ったのは、冬。大切な人を奪った恨みのある人ならいつでも殺せますが、そうでなければ、冬でないと殺せません。冬は全てを私に伝えてくる。春夏秋は、母や父、楓のことを思い出してしまう。
哀音としての感情が薄れて、力は弱くなる」










もちろん、時と場合はあるけれど。





情けないと自嘲的に呟いて。