「……あなたと刃を交えた、あの夜に………殺しておくべきでした」
「今更だ」
胸を押していた手を背へと回し、体を預けた。
静かにひと粒、ふた粒涙を落とし、前川の肩を濡らした。
そして、互いに笑みをこぼした。
「怪我をしているから、弱気になっているのやもしれません」
「私も、捕まえなければならぬ相手にこんな事をするとは……どうかしてる。だが、ずっとこうしたかった気がする」
「おかしな方。昔話を聞いて、気が動転しているのでしょう」
ゆっくり離れ、彼が目尻に残った涙を拭った。
寝汗か、と微笑みを見せた彼の目は、優しかった。
風の音を聞きながら、哀音は口を開いた。